✦第6話✦ それぞれの事情

「ふー、……帰るか」

 1日の授業がゼンブ終わった放課後。

 あたしは校門前で待ち合わせているあやみんのもとへ向かおうと、カバンに荷物をつめて、教室から廊下に出ようとした……ら!

「にな。ちょっといいか?」

 ゲッ! キョウスケ!

 どことなく真剣な、真面目な表情かおで現れたのは、あたしの不幸の元凶男。

 キョウスケが、隣のクラスから、わざわざあたしのクラスへとやって来たところだった。

「なっ、なに? さっきのことだったら、別に……」

 あたしは言いよどんだ。

 なんとなく気まずくて、キョウスケから視線を外す。

 と、そこに、あのんちゃんがやって来た。

「キョウ! これからゆいゆいたちと遊ぶのだけど、キョウも来るでしょう?」

 キョウスケは、少し目を細めて、

わりぃ。今日はやめとくわ。……になと、ちょっと話があるから」

 と言った。

「は⁉ なによ、それ……」

「じゃーな。あのん。……行くぞ、にな」

 そのままあたしと一緒に歩きだす。

 あのんちゃんが、フキゲン丸出しの顔であたしをギロッとにらんだ。

 ヒィイ! 怖過ぎるっ!

 なんであたしがにらまれなきゃいけないのー⁉

 これも、キョウスケが教室になんか来たせいだからっ!

 あたしは、ただ、なにごともなく平穏に、天国のスクールライフを楽しみたいんですっ!

「行ってくればいいのに! あたしあんたと話なんて、別になにもすることないし!」

 あたしは、少しとまどいがちに怒りながらも、帰り道は同じキョウスケと、一緒に廊下を歩くかたちになった。

 ──廊下を歩いて、天使のオブジェが飾られた噴水がある中央広場を抜ければ、校門前だ。

 そこにいるのは、背の低いポニーテールの、可愛い女の子。

 待っていたあやみんがあたしに気づいた様子で、「になさん!」とかけてきた。

「このくつ、になさんのですよね?」

 あやみんがおずおずといった様子で差し出したのは、さっきゴミ箱に捨てられたあたしのくつ。

 ドロがついていて、めちゃくちゃ。

 あやみん、よくこんなの拾ってこれたね……。

「げっ。まじか。おいにな、どういうことだよ? さっき泣いてたのってまさか」

 キョウスケが、ドロだらけのあたしのくつを見てそう問う。

 や、やだ。さっき泣いてたの、キョウスケにバレてたんだ……。

「ちちちッ、違う違う! それ、あたしのじゃないし!」

 あやみんに、心配かけたくない!

「だって、名前……」

 あやみんが、とまどいがちにそう言う。

 『桃井にな』の名前の横に、天国ここに来る前に通っていた学校の友達が決めてくれた、ハートの顔文字。

 木から落っこちて、天国へとやってきたあたし。

 天国ここへ来てすぐに、こんな、悲しいことがあった。

 地上にいた頃に、戻りたいよ……!

 でも、あたしはここで、頑張らなきゃいけないんだよね。

「っ!」

 色んな感情があふれてきて、夕日が照らすエンデビ学園の校門前であたしは、あやみんとキョウスケに見守られながら、泣いた。


 ★ ☆ ★


「ん。飲めよ」

 学校の近くにある天国の公園。

 キョウスケが、あたしとあやみんにジュースをおごってくれた。

 『天使の味ジュース』という、天国に虹がかかった絵が描かれた、可愛いジュースだ。

 ──天国では、お腹が空くことはない。

 だから別に食べなくても死なないんだけど、こうしてジュースとかはたまに飲んだりする。

「……ありがと」

「いただきますわ」

 あたしとあやみん、そろってジュースに口をつける。

 一口飲んだ、次の瞬間。

「……っ⁉ グッフォオ!」

 勢いよく、盛大にジュースを吐き出すあたし。

 キョウスケが、「きったねぇな」とあたしに軽くケイベツの目を向けてくるけど、そんなことは、いな! 関係なかった。

「まっっっずうう! なにこのジュース! それこそ死ぬわ! なにが天使の味じゃああ!」

 発狂するあたしに対し、ちらっとあやみんの方を見ると、美味しそうにゴクゴクと飲んでいる。

「あやみん、よく飲めるね⁉」

「普通に美味しいですわよ?」

 あやみんはいたって普通の調子でそう言った。

「そのジュースは、人間の今の心の状態をそのまんまあらわした味になるんだクロ」

 と、クロンが横から説明してくれる。

 へええーっ、なるほどね。

 天国って、すごっ。

「今のになの心は、そのジュースの味の通り、あまり良くないものなんだクロ。味が普通ってことは、あやみは、今の調子はまあまあ……ってところクロな」

 あたしはジュースをキョウスケに渡して、

「ちょっと、キョウスケも飲んでみてよ」

 と言った。

「オレも普通にうまいぜ?」

「になさん、大丈夫ですか?」

 あやみんが心配そうに言う。

「てゆーか、あのんちゃんとキョウスケって、やけに仲良しな感じがするけど……ほんとにただの友達なの?」

 あたしは、少しいぶかしげに、前から気になっていたことを聞いた。

「……幼なじみなんだよ。そんで、一緒に天国ここへ来た」

 キョウスケが話してくれる。

「小学校の帰り道だった。あのんが車にひかれそうになったところを、オレが助けようとしたんだ。んで、助けきれずに一緒に死んだ」

 そうだったんだ。

 あのんちゃんがあたしに対して対抗心を燃やすのも、わかる気がしてきた。

 命懸けで自分を助けようとしてくれた男の子が、他の女の子と同じ班なんて、いい気しないよね。

「でもまあ、まさかあいつがになにひどいことするとはな。ったく、しょーがねぇーの。オレが、言ってやろうか?」

「……ううん。まだ靴捨てられただけだし、別にいい。自分で、なんとかする。……大メーワクだけどねっ!」

 皮肉たっぷりに言ったつもりだけど、キョウスケは一言、「……ごめん」と謝った。

 もーっ! キョウスケってば、時々こうして、意外なところがあるからやだ!

 ……調子狂っちゃう!

「あやみは? あやみはどうして、天国ここへやってきたんだ?」

 キョウスケがあやみんの方を振り返る。

「私は、えっと……」

 あやみんの言葉に、耳を傾けるあたしとキョウスケ。

「病気で、天国ここにきました。残してきた父が心配ですわ」

 あやみんが少し寂しげに、ふわりとほほえんだ。

「あやみんは、大企業の一人娘で、立派な社長令嬢なんだよ。すごいよね」

 あたしがキョウスケに、ふたりで寮で話したことを説明する。

「まじか。すげぇな。……みんな、色々あんだなー」

 キョウスケはそう言って、頭をかいた。

「キョウスケは? 家族にもう一度会いたくなったりしないの?」

「家族ねぇ。不良のオレがいなくなってせいせいしてるんじゃねぇの?」

 バッシーン! 

 あたしはキョウスケに平手打ちをくらわした。

「いってぇ!」

 打たれたほっぺを片手でかばって、涙目のキョウスケ。

「あんたねぇ……言っていいことと悪いことがあるわよ。今の平手打ちは、あんたが生きていた頃、あんたのまわりにいてくれた人、全ての人の平手打ちじゃい!」

「になさん、落ち着いてくださいですわ。今のは、キョウスケくんが悪いと思います」

 わなわなわな、と震えるあたしに、あやみんがなだめかける。

「……わりィ」

「……ヨシ」

 あたしたちは、そのあとずっと3人でジュースを飲みながら、その日、天国にやって来る前の地上での暮らしぶりを、色々と教え合ったんだ。

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