✦第5話✦ 恋愛事件発生です!

『〜天使☆悪魔学園新聞部発 エンジェル★通信〜新入学生初のミッションクリアチームは、桃井にな班! お手柄! 銀行強盗確保に協力。ピストルを破壊⁉』

 初ミッションである銀行強盗事件の翌日。

 エンデビ学園の学内掲示板には、こんな見出しの記事がばばん! と貼り出された。

 誰が撮ったのかわからないけど、あたしがピストルを破壊する瞬間を捉えた写真と、キョウスケが犯人と戦う写真。

 そして犯人確保の後、あやみんが天使エンジェル警察ポリスに事情を説明しているキリリとした横顔の写真も一緒に。

『残るミッションはあと1つ! 今回、にな班には、レベル5のミッションクリアにともない、高成績をつけることとする。あっぱれお見事!』

「やったね! これで、家族に、また早く会えるかもしんない……」

 朝。遅刻ギリギリ。隣にはあやみん。

 新聞を読んだあたしは、クロンに問いかける。

「そうだよね? クロン」

「ああ。2つのミッションをクリアして、最終試練に合格、半年後、学園で一番の成績優秀班になっていればなクロ」

「よおーし! 頑張るぞ〜っ!」

 あたしはこぶしを天に突き上げる。

 と、そんなあたしを見て何やらヒソヒソと話している女子のグループがあった。

 その中のひとりは、入学式の時にあやみんに足をかけた女の子。

 キョウスケと仲の良い少しキツめの顔立ちをした、あやみんほどでは(多分)ない、お嬢様の伊集院あのんちゃんだ。

 近づいてきて、カールさせた長い髪をいじりながらあたしに話しかける。

「……ねぇ、桃井さん。最近、キョウスケと、ずいぶん仲が良いみたいじゃない? 入学式のことがあったのに、一体どんな手を使ったのかしら?」

 話題はあの、人のことをゴリラ呼ばわりするサイテー男子……もとい、いじわる男子のことだった。

 あたしとキョウスケが仲が良い……なんて、みじんも思わないけど、あたしは昨日の夜の寮での出来事を思い出した。

 あたしたちの部屋がある女子寮までやって来たキョウスケ。

 ──「にな。今日、銀行で尻もちついた拍子に頭打ってたみたいだから、これで冷やしとけ」

 そう言って差し出された、可愛い天使の羽が生えたくまの絵柄の氷まくら。

──「わっ。助かるー。キョウスケありがとっ! 気がきくね!」

「へ? なに、それ」

「なにってことないでしょ。昨日、わたくしたちの女子寮にキョウスケが来てたの、見てたんだからっ!……この際だからはっきり言っとくけど、わたくしのキョウスケに取り入って近づこうだなんて、いくら同じ班だとしても許さないから! わかったかしら⁉」

「ふんっ!」それだけ言い残すと、あのんちゃんは女子のグループに戻っていった。

 あっけにとられるあたし。

 カラーン、コローンと、始業を告げる天国の学校のチャイムが鳴る。

 横から、一部始終を見ていたあやみんとクロンが言った。

「嫉妬ですわね」

「完全に嫉妬クロな」

 びっくりして、声が裏返った。

「嫉妬ぉ? あたしに?」

「そこー! 早くしなさい!」

 先生が大声で叫んでいる。

「やばっ! 1時間目始まる! あやみんは、4年生のクラスだよね。また放課後っ!」

「ええ」

 あたしはあやみんと別れて、自分の5年生のクラスへとかけていった。


 ★ ☆ ★


 ──あたしとあのんちゃんは、同い年で、5年生の同じクラス。

 1時間目の授業は国語。2時間目の授業は体育だった。

 力じまんができる体育は、あたしがだーい好きな科目!

 ……なんだけど、残念ながらこの日はマット運動の授業だった。

 ちぇー。つまんないの。

 ふてくされながらも授業を終え、チャイムが鳴った時。

 事件は起きた。

「ではみんなで、使ったマットを片付けましょう」

 先生のこの言葉に、一番に返事したのはあのんちゃんだった。

 マシュマロみたいに、少しねっとりとしたその声で、こんなことを言った。

「はい。先生。桃井さんがゼンブ片付けてくれるそうですわ」

 はいぃい? 

 我が耳を疑う発言。

 今、桃井って言った? なぜにあたしが一人で?

 あたしの頭はスグはてなマークでいっぱいになる。

「あのくらい運ぶの簡単だよね? だって怪力だし」

 入学式の時に見た、あのいじわるな顔のあのんちゃん。

 クスクスクス、と笑っている。

 ……なんか、入学式の時と、デジャヴなんですけど。

 今朝あやみんとクロンが言っていたことが当たってるのなら、多分、あのんちゃんはキョウスケのことが好き→キョウスケと同じ班のあたしがうざい、ってことになる。

 って、ちょい待って! よく考えてみたら、怪力全然関係なああーい!(怒)

 女子のこーゆうノリで傷つくあたしのガラスのハート、名付けて『思春期真っ只中・小5女子の気持ち☆』ナメないでええ!

 ──他の女子たちはみんな、戸惑いながらも、見た目がハデで怖そうなあのんちゃんに怯えているのか、黙ったままだ。

「桃井さん、頼んでもいいかしら?」

 ってえええ⁉ 先生まで、ウソでしょ?

 今朝の記事を先生も見たのだろう。「怪力だし」というあのんちゃんの言葉に、とくに何も考えていないという風にうなずく。

「そんなの、なんっ……!」

 ──なんで、あたしがやんなきゃいけないの⁉

 言いかけた言葉。

 けれど、あのんちゃんをボスとする、女子全員の冷ややかな視線を一身に浴びた瞬間。

 急激に下がる体温。

 とたんに冷たくなる手。

 どくんどくんと、走ってもないのに心臓の鼓動がはやくなった。

 ──あたしは、イヤだって、言えなかった。

 だって。普通に怖いよね?

 仲間はずれにされちゃうのは、ゼッタイにヤダ。

 天国ここに来てからというもの、まだ友達らしい友達なんてあたしには、学年も違うあやみん一人だけしかいないんだから。

「……わかりました。あたしが、やっときます……」

 あたしは消え入りそうな声で、先生にそう言った。

「はい。じゃあ、体育の授業はこれで終わりとします! 各自教室に戻りましょう」

「行こ行こっ!」

 あたしは、満足げなあのんちゃんたちクラスの女子みんながぞろぞろと教室へと帰っていったあと。

 ほんっとに、ムカつくんだけどね! 文字通り体操マットを片付けた。

 くうう屈辱! なんであたしがこんなことせんといかんのか⁉

 まさかの、天国にきて恋愛事件発生⁉

 ……だめだな、あたし。

 入学式で泣きそうなあやみんを見て思わず発動したパワーだけど、自分のこととなるととたんに何も言えなくなっちゃう。

 死んじゃう前は、なんやかんや友達に恵まれてたからな〜。

 めぐでしょ。ゆっちでしょ。花ちゃん……。

 仲の良かった友達の顔が次々に浮かんできて、色々と思い出してしまう。

 ──落ち込んでてもしょうがないじゃん! とりあえず今は、これをゼンブ片付けよ。

 あたしは自分に言い聞かせた。

「──ふぅ。やっと終わった」

 なんとか、次の授業には間に合いそうかな。

 教室へ帰ろうと、上履きに履き変えようとしたあたし。

 って。あれ……?

「くつがない」

 あたしのくつが、なくなっていた。

 そこらへんに落ちたのかな?

 あたりを探してみるけど、どこにもない。

 ふと、目をやった体育館の隅のゴミ箱に、あたしのくつが捨てられているのを発見した。

「あたしのくつ……」

 その場に立ちつくすあたし。

 わなわな、と自然と手が震えてくるのを止められない。

 いやいやいや、あたし、キョウスケのせいでどんだけ迷惑⁉

 これやったの、ゼッタイあのんちゃんだよね⁉

 仮にも天使エンジェル候補生のやること⁉

 こんなんもはや天使エンジェルじゃないよ! 

 限りなく悪魔デビルに近いブラック・エンジェルだよ!

 あのんちゃんが(なぜか)入学式の時からすでにキョウスケと仲良いのはわかったけど、ここまでするか!

「しょーがないな……」

 くつにはご丁寧にも泥がつけられてあったので、あたしはそのまま体育館を出て教室に向かう。

 トボトボとくつしたで廊下を歩いていると、前から向かってきたのはあたしの不幸の元凶男・キョウスケだ。

 隣のクラスのキョウスケは、休憩中にトイレにでも行ってたんだろう。

 へらへらとあたしに話しかけてくる。

「よォ、ゴリ……。にな。休憩中か?」

 今ゴリラって言いかけたよね。

 考えてみれば、そもそもこいつ、入学式でこゆきんのバッチ踏むなんて最悪なことしてたよね⁉

 あのんちゃんと仲良しなのも、それっていじわる仲間的なものなんじゃない⁉

 スグに謝ってたけど、それもどこまで本気かわからない!

 銀行強盗つかまえた時だって、あたしに率先してキケンなことさせようとするし!

 たった今傷ついたばかりの心も手伝って、次から次へと、心の中でキョウスケへの罵倒の言葉が止まらない。

 やっぱりキョウスケなんて、いじわる男子なんかじゃなくて、サイテー男子だ!

 ぶちっ。

 たまらなくなったあたしは、ほぼ八つ当たり気味に、キョウスケにキレた。

「元気なわけないじゃん! ゴリラじゃないって言ってんでしょ⁉ あんたなんかのせいで、あたし……!」

 じわり、とまぶたが熱い。

 天国にきて恋愛で悩むとかなに⁉

 キョウスケのことなんか、あたし、全っ然! 好きなんかじゃないのに!

 こみ上げてくる色んな感情を抑えきれずに、あたしはそのまま廊下をかけだした。

「なんだあいつ……って、くつした?」

 あとに残されたキョウスケがぽつりとつぶやいたのが、聞こえたような聞こえなかったような。

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