✦第2話✦ 波乱の入学式
次の日の朝。
クロンに言われるがまま泊まった、天国のホテルの部屋。
天国にホテルがあるなんて、びっくりだよ。
あたしはクロンから「これを着るクロ」と、衣装みたいな服を渡された。
胸元のリボンは大きくて、色は赤。
黒いケープを羽織り、腕には十字架と、つばさのマーク。
「この服はなに?」
「これは、天界学園・天使☆悪魔学園初等部の、由緒正しき一般生徒の制服クロ」
靴は黒のブーツと、指定されているらしい。
制服を着てみた感想としては。
「うわわ、何これ! めちゃくちゃ可愛い〜ッ!」
スカートはふんわりしているし、背中にも大きなリボンが付いてる!
アイドルの衣装みたい!
あたしは、高い位置でツインテールにした髪に、制服と同じ赤いリボンをきゅっと結んだ。
「よく似合ってるクロよ」
「えっへへー。ありがとう。……ねぇ、クロン。あたしのママは、
「になが地上で生きていた間に、すでにもう生まれ変わっている可能性もあるクロからな。見つけるのは難しいと思うクロよ」
「ふーん。そっかぁ……」
あたしはため息をついた。
「で、
「もちろん、天使☆悪魔学園の、第523期入学式だクロ」
「入学式って、今日だったの⁉」
クロンは説明してくれた。
「亡くなった子供のうち、学園入学を志願する子供は多いクロ。定期的に入学式が行われるクロよ。ちなみに、現世の小学校と、基本的には全部同じクロ。算数や国語といった勉強を、教えてくれる先生もいるクロよ」
あたしは、「ほえー」と感心する。
死んじゃったからって……天国に来たからって、勉強しなくてもいいわけじゃないんだ……。
ちぇっ。
勉強がニガテなあたしは、少しだけ、ほっぺをぷく、とふくらませた。
そんなあたしに気づいているのかいないのか、クロンは、「さっそく向かうクロ」と言って、金の首輪に前足を当てた。
「──
クロンがそう叫ぶと、次の瞬間には、『天界学園・天使☆悪魔学園』と書かれた、赤レンガで囲われた、大きくてキレイな建物の前にいた。
学園の前には、ざわざわと、同い年くらいの子どもがたくさん集まっている。
あたしはふと、気になったことをクロンに聞いてみた。
「ねぇ、クロン。みんな、クロンのような使い魔と一緒じゃない……よね? なんで?」
「使い魔はその時の気まぐれで、どの人間につこうか決めるんだクロ。確率で言えば、になは雷にうたれたようなものクロな」
「なにその怖いたとえ」
なーんて、クロンとしゃべりながら、学園内に足をふみ入れる。
「ここがエンデビ学園か……。超お金持ち学園って感じ」
頭上に光り輝くシャンデリア。赤いカーペット、そして噴水。
あたしは、学園の名前を略して呼ぶことにした。
ふと、その中で、ひときわ目立つ金のケープを身につけた、ポニーテールで背の低い大人しそうな女の子がいた。
「クロン。あの子はなんで、ひとりだけ違う制服なの?」
「それは、生きていた頃の能力──勉強が出来るとか、ピアノが弾けるとか、
「ふーん」
その女の子は、自分だけ違う制服なのが落ち着かないのか、戸惑いがちにその場であたりをきょろきょろと見回していた。
なんとなく気になって、じっと見ていたら、その子がいきなり、すっ転んだ。
「きゃっ!」
「あーら。ごめんなさぁい。あまりにも皆と違う格好だから、ここの生徒だってわかんなくて、つまずいちゃったあ」
長くカールした髪に、大きな紫のリボンをつけた、いかにもたかびしゃな感じの女の子。
クスクスクス、と、笑っているのは、その紫のリボンの子のまわりにいる、ハデな女の子と、男の子たちのグループ。
いじわるな
「この
紫のリボンの女の子が、悩ましげにため息をつきながら言う。
「一番はあのんだって決まってんだよ!」
「天国ってほんと不思議だよね〜!」
そこかしこから声があがる。
なるほど。言ってることから察するにして、どうやら自分より目立つ子がいるのが気に入らない、お金持ちのお嬢様らしい。
まわりにいるのも、あれじゃあただの取り巻きたちだ。
「……クロン。今あの子、あの大人しそうな女の子に足かけたよね。あたし、あーゆーの一番嫌いで、許せない性格なんだけど」
「優秀な彼女をひがんでるんだクロ。あの子が乗り越えなくてはいけない試練クロな」
「でも……」
気になって、心配な瞳でしばらくじっと見ていたら。
「おーっと、ごめんなァ。何か踏んだか?」
──黒と金が混ざった髪に、両耳にはシルバーピアス。
猫のようなつり目をした、少しやんちゃそうな感じの、あたしと同い年くらいの男の子だった。
グループの中にいたらしいその男の子は、転んだ拍子に、女の子が落とした胸元の金のバッチを踏みつけたのだ。
バッチを踏まれた女の子は、今にも泣き出してしまいそうな
──むっかあ!
一部始終を見ていたあたしは、ブチキレた。
「もうあったまきた! いくらなんでもひど過ぎる! アレっていじめじゃないの⁉ エンデビ学園、入学初日から、めっちゃ問題ありなんですけど!」
だまって見ていられなくなったあたしは、クロンが「おい、にな……」と止めるのもぶっ飛ばして(クロンの「ぐえっ」が聞こえた)
「あんたらねぇっ! やることがダサいのよ。揃いも揃って、恥ずかしいと思わないの? あの子に何か不満があるんなら、直接言ったらどうなのよっ⁉」
「な、何よ……」
あたしの迫力に、いじわるな女の子や男の子たちは、少しビクッと怯んだ様子だ。
黒と金の髪の男の子は、様子を見ているのか、グループの中からひとりだまってあたしを見つめている。
「いいんです。私がいけないんです。私だけ、みなさんと違う制服だから……」
その子は可愛らしい鈴の声で、あまりにも自然な敬語であたしに言った。
「皆と違う制服で、何がいけないのよ。服装なんて、そんなの、
女の子は泣きそうな表情から一変、驚いた後に、ふわり、とほほえんだ。
「そうかも知れません。……ふふふ。ありがとうございます。私は、
「もちろん! じゃあ、あやみんだねっ。あたしは、桃井にな。11歳。小5。ヨロシクね!」
「はい! よろしくお願いしますわ。になさん」
にこにこ笑い合いながら、ぎゅうっと握手するあたしたち。
えっへへー! もうお友達出来ちゃった! それも可愛い年下の女の子。やっぱり人を助けると、いいことあるんだよ!
ゴキゲンなあたしに対して、だまって見ていただけだった黒と金の髪の男の子が、口を開いた。
「……はん。気の強ェ女。正義のヒロイン気どった上に、仲良く友達ごっこかよ?」
その言葉に、あたしはくるりと振り返り、言った。
「……とくに、あんた。男のくせに、バッチ踏むとか、インッケンなことしてんじゃないわよ。見苦しい」
「なんだと?」
男の子の目が、ギロリとするどくなる。
──何よ!
こんなひきょうなことしかできないヤツなんかに、負けないんだからっ!
バチバチバチ、と火花を散らしてにらみ合うあたしたち。
少し経って、あたしはハッとした。
いけないいけない! ケンカなんてもう二度としないんだから! もし取っ組み合いになってこの子にケガでもさせたら、またおとんを困らせちゃう!
……って、ここにはもう、いないか。
「あやみん、行こっ」
くるっときびすを返して、男の子を無視してあやみんとふたりで歩き出す。
男の子が背後から、「そうだ、怪力女。お近づきのしるしに、コレやるよ!」と言って、ジュースの缶をあたしに向かって投げつけた。
あたしはそれを右手で、パシッと受け取る。
軽くキャッチしただけのつもりなのに、ブッシュウウウ! と勢いよく吹き出す中身。
「なっ!」
男の子は、顔にかかったジュースに、びっくりした
もちろんあたしも、ジュースでびしょ濡れ。
「……バッチ踏んだり、人に物投げつけたり。幼稚園児でもそんなことしちゃいけないんだってわかるわよ? この、サイテー男!」
「て、めっ……」
顔に浴びたジュースをぬぐいながら、男の子は心底悔しそうにあたしをにらみつける。
いつの間にか、なんだなんだとまわりに人が集まりはじめた。
やばいやばい。
入学早々悪目立ちなんて、ゼッタイしたくないんだから!
「よくやったクロ。偉いクロよ。にな。褒めてやるクロ。褒美にプリンをやるクロ」
隠れていたクロンが、横からあたしにプリンを差し出す。
って、プリンが好きなのはあんたでしょ。
「プリンはいらないから、この子にタオルかなんかあげて、クロン」
ジュースは、となりにいたあやみんにもかかっていたのだ。
クロンは、「
あやみんが、クロンからタオルを受け取る。
「になさんってば、とっても格好よかったですわ。私は、怪力がどうのだなんて、ちっとも気にしませんから」
ふわり、とほほえんでそう言われる。
その言葉は──あたしにとってめちゃくちゃ、嬉しいものだった。
地上にいた頃の、ほとんどの友達は、あたしの怪力を見て「になってば、怪力過ぎ! あはは!」とか、「になってほんと色んな物壊すよねー。ドンマイだよー」とか、笑って済ませてくれたけど、中には「になちゃんって……怖い」「一緒にいたらケガしそう」と、あたしを避ける子もいたのだ。
あたしは、それがすごく悲しくて、つらかった。
「あやみん……」
うるうるうる、と瞳をうるませて、そしてキラキラと輝かせるあたし。
あたしとあやみんに、確かな友情が芽生えた瞬間だった。
その時、頭上からアナウンスが流れた。
『──第523期入学生は、すみやかに講堂にお集まりください──』
「やばい! そろそろ式が始まる。講堂に行かなきゃ。あやみん一緒に行こっ」
「はいっ!」
あたしはあやみんと一緒にかけ出した。
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