二話

「ねぇ海ちゃん、私とお付き合いしてください」

やけに夕陽の色が濃い日だった。

花は優しげな目元をさらに綻ばせて、海に想いを告げた。

あまりに突然のことだったので、海はしばらく声を発せなかった。

「……あ」

その日はろくに喋ることも出来なかった。

海はかろうじて喃語のような声を絞り出すばかりだった。

そんな様子の海に花は問い詰めるようなことはせず、ただ微笑み続けていた。

しかし、心の内では僅かな期待が打ち砕かれたために傷心した。

「…………………あ、あぁ」

海は花の隠微なる心の内に気づくこともなく狼狽えていた。

海は怖いと思った。

逃げたいと思った。

「どうして………?」

いつも通りの放課後だったはずだ。

二人で好きな本を読んで時に感想を言い合ったり、時にただただ物語の世界に浸ったりする海が一番好きな時間だった。

だったのに。

素敵な思い出の日々に一番大切な人に道を踏み外させてしまったのではないかと酷く恐怖した。


重苦しい紫色の夕空が自分に迫っているように感じた。

教室の空間が歪んだみたいだった。

浮き足立つ海とは対照的に、花は落ち着いていた。

「………やっぱダメ?」

無言を貫いていた花が久しぶりに発した声が、弱々しかったために、海の肌が粟立った。

「ごめん!!」

そう投げやりに答えた後、花を置いてけぼりにして教室から逃げ出した。


海にとって大切な人を傷つけてしまった最悪の日となった。



一週間前の失態を思い出し、再び海の肌が粟立った。

あの日から海は花を避け続けていた。

花の姿を見る度、あの日の夕空を思い出してしまった。

重苦しい程の濃い紫色。

その景色は海を不安にさせた。

咄嗟に発した「ごめん」は一体何に対する答えだったのか。

それが自分でも分からなかったから、海は花と会話することを躊躇った。

今話せば確実に最悪の日について触れられる。

まだ花の告白に対するきちんとした返事を用意できてなかった。

そんな不甲斐ない自分を憂いた。

曖昧なことを言ってまた傷つけてしまうくらいなら、とことん嫌われて花が海に抱いてしまった想いも、きっとそのきっかけとなった二人だけの放課後も無かったことにしようとした。

そのために花に冷たい態度で接してきた。

しかし、こうしてまた花に捕まってしまったのだから、憂うを通り越して自分に呆れてしまった。


「………あたしは逃げてばっかだね」

強ばらせた身体を弛緩させながら、海が呟いた。

その目には涙が浮かんでいた。

花は目をみはった。

「海ちゃん?大丈夫?」

海はボロボロ泣きながら悲痛な声で言った。

「…ごめん、ごめんね花」


あたし、花とは付き合えない。

海は花の目を見て、はっきりそう言った。


風の音も二人の声も聞こえなかった。

屋上はしばらく静寂に包まれた。




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