棺桶の上で踊ろう
御涼東
一話
「花はきっと勘違いしてるだけだよ」
わざと聞き手の機嫌を損ねるような、普段の人あたりの良さからは想像もできないような態度で海は言った。
急に仮面を被った海を見て、花は笑いが込み上げてきた。
「今更私に嫌われようとしたって無駄だよ」
花は挑発的に、にやりと笑って見せた。
校舎の屋上は三月の春に染まりきっていない風が吹きつけており、二人はそれの餌食となっていた。
寒がりの海は時折身体を震わせていたが、花はその風が肌を撫でる度、妙に心地よく感じた。
花は風が味方してくれているように感じた。
海は早く屋上から逃げたいと思った。
何も言い返してこない海が花を睨みつけた。
その頬と耳はほのかに赤くなっていた。
花はその悔しそうな、恥ずかしそうな顔を見てさらに口角を上げ悦んでしまった。
花は知っていた。
海は今自分のために悪になろうとしている。
出来の悪い仮面まで用意して、彼女の良心を傷つけながら心無い言葉を花にぶつけたのは花を守るためだ。
でも甘かった。
花は海について知らないことは無い。しかし、海は花の腹の中全ては知らなかった。
花は必要悪を演じる海を愛しく感じていた。
健気に海が自分を守ろうとしていることに気づいても、沸いた感情は平生と何一つ変わらなかった。
「嫌われたいんだったら、もっと酷いこと言わないと無理だと思うよ」
花は海の隣に座って顔を覗き込んだ。
海が花を見て頬を膨らませたのはきっと花の顔に余裕が表れていたからだろう。
「…でも私は海ちゃんに何言われても、嫌いになんてならないけどね」
そういって花は海の手を握った。
花の手はどこまでも冷たかった。
海は花の手を強く握り返して言った。
痛みを感じる程の力加減は、海からの健気なる嫌がらせの一つだったのかもしれない。
花は海の手の温度を感じなくなるにつれて、再び悦んだ。
「……あたしはこのままがいい」
蚊の鳴くような声だった。
屋上に吹く風は止むことなく、びゅうびゅうと海に牙を剥いた。
海はまた逃げたいと思った。
海が手に込める力を緩めた。それを逃がさないように、花が指を絡めた。
海が驚いたように肩を跳ねさせた。
「花……?」
力が強すぎて怒ったのかと思った。
しかしそれは杞憂だった。
花は口元に笑みを湛えたままだった。
海は嫌な予感がした。
またあの日と同じ思いをしなければならないのではと。
花の優しげな微笑みが一週間前の彼女自身と重なった。
花は重なった手を見つめながら言った。
「ねぇ海ちゃん。どうして私の告白受け入れてくれないの?」
やっぱり、と海は強ばった。
屋上の風は強さを増す一方だった。
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