放課後 2
さて。転入生がやってくるという稀なイベントがあったにしては、穏やかに時が過ぎ。放課後となれば当然のごとく、クラスメイトが思い思いに動き出す。
チラと見てみれば、矢橋くんは一人。荷物をまとめているところであった。図書室の物理書籍から得た知識では彼の周りに何人かの世話焼きが集まっていてもおかしくないのだけれど、その気配もない。これが時代の変化によるものなのか、彼特有の現象なのかという部分には議論の余地が少しあるかもしれないが、あのままだとクラスで浮いてしまうかもしれない。
そうしたら、少しは声ぐらいかけてあげようかしら。それとも、わざとらしすぎるかしら。まあ成るように成ると、純子と連れ立って教室を出ようとしたときである。
「及川さん、少し時間をください」
藤堂先生が私の名前を呼ぶ。教室中の殆どの目が何事かとこちらに向くが、それも数瞬のこと、すぐにそれぞれの日常へと帰っていく。この無関心さに今は感謝だけれど、一体何の用事だろうか。今日はまだ問題を起こしていない。はず。
純子に待っていてもらうよう頼み先生の下へ行くと、先生は少し落ち着かない様子だった。まったくもって、どうしたのだろう。疑問に思うがそれ以上考える間もなく、先生から質問が飛んできた。
「転入生の矢橋くん、彼は上手く馴染めていますか?」
聞かれて、少し考える。実情は考えるまでもないのだけれど、伝統ある玉虫色の解答をするべきだろうか。面倒なことは遠慮したいが、この程度のことで嘘を付くのも馬鹿らしいかもしれない。
「正直、少し浮いていると言うか、馴染めていない部分はあると思います」
「そうですか」
あれ、なんだか少し嬉しそう。あの子のことが嫌いなのかしら。子供思いの藤堂先生のことだ、きっと気のせいだろう。もしくは、ため息交じりだったのがそう聞こえたのかもしれない。
「だってあの子、ちっとも自分から関わろうとしないんです。あれじゃあみんな、どう関わっていいやらわかりませんよ」
それを聞いた先生は目を細める。その視線の先には自分の席に座る矢橋くん、見る限りではタブレットをいじって、なにか調べているようだ。
先生が手早く自分のタブレットを操作すると、矢橋くんは目を見開いてこちらを見る。もしかしてメッセージを飛ばしたのかしら。あまり面倒事にならなければ良いのだけれど。その願いも虚しく、矢橋くんは立ち上がりこちらに歩いてくる。長丁場になることを覚悟して、教室の後ろで待っている純子に目配せを、って何やってるのよあなた。
一見すれば退屈で個人端末をいじっているように見えるけれど、端末を操作する腕の動きよく見てみれば円を描いているだけ。しかも顔も下を向いているように見えて視線はこちらに釘付けで、顔を無表情にして髪がずんばらりと濡れていればドーム外の廃墟から出張してきた幽霊ですと言われても信じてしまいそうだ。目が面白げに歪んでいるから足がついているかの確認をしなくて済むけれど、そもそもが盗み見るのは行儀が良いとは言えない。
そんな純子としっかりと目が合った。肩を小さくすくめる純子。さては、悪びれちゃいないわねあんた。
咎める意図を込めて小さく首を横に振る。
それを受けてわざとらしく端末の影に顔を隠す純子、けれど端末の脇からは楽しげな視線が覗いている。
より強く意図を込め、眉をしかめて首を小さく横に。
すると純子は端末のカメラをこちらへ向けるマネ。いよいよおちょくっている。
目を大きく開いて、肩を怒らせ少し前のめりに。先生の方角から突き刺さる呆れたような視線を無視して、静かな威嚇のポーズ。
「ええと、筋肉のコリは温めると良いらしいよ」
「はい?」
急にかけられた声に横を見てみれば、不思議そうな顔の矢橋くんが立っていた。なんて不躾な子!
「あなたねえ、もう少しデリカシーってものはないのかしら」
「デリカシーと言われても。肩がコッていそうな動きだったからつい」
言われてみれば、そんな感じに見えなくもないかしら。けれど、いくら肩がコッてても教室の真ん前でいきなり体操を始めるような子は、まあ後ろでこちらを見て笑いをこらえているのが一人いるけれど、普通はいないわよ。
「あのねえ、今のはジェスチャーよジェスチャー」
「ジェスチャー、何の?」
「そりゃあ」
と言って視線を教室の後方に移すと、純子はちゃっかり端末をいじったふりをしている。いくら取り繕ってもよく見れば肩が震えているのだけれど、チラと見ただけではわからないだろう。もう、またしてもしてやられた。
「なんでもないわよ」
言い募るほどのことでもないので、ごまかすしかない。心底不思議そうな目で見られても、それ以上言いようがないじゃないの。曖昧に笑ってごまかそうとしていると、先生の咳払い。
「仲が良いのは結構ですが、そろそろよろしいですか?」
これは不機嫌な声。規律の鬼モードかしら。
二人して口を揃えて「はい」と返事をして、頭を下げる。けれど、隣の転校生は応えたっきりで棒立ちのまま。慌てて肘で小突くが、不思議そうな顔をするばかりの矢橋くんに思わずツッコミを入れたくなる。しかし、私は学習できるので二の轍は踏まないのだ。せいぜい先生の心象を悪くするが良いわ。
「聞いておきたいことがあったのですが、注目を集めすぎましたね」
言われてみれば、そこかしこからこちらを伺うような気配を感じる。これも純子のせいだ、ということにしておこう。
「続きは職員室で話しましょう。付いてきてください」
そう言って歩き出す藤堂先生。やっぱり面倒なことになった。純子は、まあ後ろで聞き耳を立てていたみたいだし勝手に帰るだろう。眉間をつまんで、彼女のいる方角に謝意を雑に込めた手刀を一振り。純子の反応は見ないで、つむじ二つの頭を追いかけることにした
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