滞在五日目、八月の話
第33話 八年前の旅行
春という半端な時期だが、今日から私達兄妹は帰省する。とはいっても一泊だ。
「静、こちらが兄さんと結婚する寧々さん」
「寧々、この子が多分望と付き合っていて、遠い未来いつか気が向いたら弟になるかもしれないはずの静君だ」
集合場所の駅で、私達兄妹はそう寧々さんと静に紹介をした。
今日は私と兄と静、そして寧々さんとの四人で兄さん側の祖父母宅へと向かう。
「なんだかまどろっこしいね。咲良的には望ちゃんとの交際認めてないの?」
「結構認めてる。ただ役所に行って婚姻届を出すとなると別だ」
「本当にまどろっこしいな」
まず兄さんと寧々さんはそんな事で笑った。今日からしばらくは『静は望の恋人』というテイで通す事になっている。記憶退行というややこしい事情をわざわざ私の祖父母にまで話すよりはいいという配慮だ。静もそれに異論ない。私も結婚というワードを出さないのならという条件にした。
でも兄さんの、結婚だけは使わないこの言葉ではもう結婚も考えているように聞こえてしまう。今回の主役は兄さんと寧々さんだというのに。
「寧々さん、おめでとうございます。結婚の話を聞いて、私まですっごく嬉しくなっちゃいました」
「ありがとう。望ちゃんにそう言ってもらえると嬉しいな」
寧々さんはすらっと背の高い、きりっとした美人で兄さんにお似合いすぎる人だった。この人じゃなかったら私は密かにいびっていたかもしれない。お祝いの言葉を言ってからそっと二人と距離を取り、静の隣へ移動する。
「お義姉さん、感じのいい人だね」
「本当にそう。だから静も来てくれて逆に良かったかもしれない」
「僕が?」
「いくら結婚するにしても、寧々さんもすでにある関係には入り込みずらいでしょ。初めて来るお客様二人の方がまだ入りやすいよ」
静を恋人扱いするのはどうかと思ったけど、寧々さんの居心地悪さが少しでも減るなら連れてきて良かったかもしれない。
静も今日は未来の自分が買ったらしい服を着ている。それに私の親に挨拶するのもあってどこの人気若手俳優だ、と思うような清潔感あふれる格好だ。髪は伸びっぱなしだが、まぁその辺は気にならないくらい顔が整っている。
休日なのでさすがに混んでいる新幹線に乗り込み2対2で別れる。兄と寧々さん、私と静だ。兄達は早速結婚式の話をしていた。私達も過去の話をするべきかもしれない。
「付き合ってた時の8月もこんな風に旅行したよね」
「うん。静の親戚の、裕介さんと佳奈さん、友達の大塚君と夕海とね」
ちょうど過去の話は静からふられた。付き合って5ヶ月目の8月。私達は旅行に向かった。二人きりではなく友達カップルと保護者カップルもいる旅行だ。
「静と夏にデートはするだろうと思ってたけどまさか旅行だなんて思わなかったな。それも静の家の別荘なんて」
「うちの父さんが気を使ってくれたんだ。友達いるなら別荘使っていいよとか、女の子も一緒がいいなら保護者役にまだ若い裕介さん達にお願いするとか」
「めちゃくちゃ甘いねお父さん」
「うん、甘い。一応親に内緒で旅行してトラブらないように、ってつもりなんだろうけどね」
親がそういう場を用意した上で遊ばせるのが一番安全という話だろうけど、普通に静に甘い親というだけな気もした。
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