第32話 ちょっと意地悪

自分が記憶退行して大人なのに中身が高校生になって、服だって全く買った着た覚えのない服ばかりだった。そんな中にやっと記憶のある私が贈った服を見つけて。彼はどれだけ救われただろう。

だから私を頼ろうとしたし、そのために私がプレゼントしたTシャツを着てうちに来た。なのに私はそれに気付かなかったし、忘れていた。

そんな彼の不安な気持ちも理解していなかったんだ。


「本当に望は気にしなくていいんだよ。そりゃちょっとは意地悪したくはなったけど、それだけ。今十分助けてもらっているんだし」


静が手にしたままの旅行カバンを見る。最初は他人の服のようだと思ってあまり着る気にならなかったという服。でも静の気持ちはそれなりに前進して、未来の自分が選んだ服を着ようとしている。私も前進しなければ。過去ろくでもなかったのなら、なおさらに。


「それよりさっき咲良さんとすれ違って、『旅行の準備万全だな』なんて言ってたけどなんのこと?」

「あぁ、それは帰省で……」


反省と決意を短く済ませて、帰省の事を静にも話す。別に静はついてこなくていいしついてきてもいいという話をしっかりしておく。


「実家ってどのへん?」

「あ、正確には兄さんのお母さんの実家ね。向こうの祖父母の家で、父さん達がたまに畑手伝うのに滞在してるってだけ。○○県の△△市だよ。ここから2時間くらいかな」

「△△市……」


言っちゃ悪いが田舎とも言えるその市を、静が知っているかのように呟く事が不思議だった。

正確に言うと私の継母の実家。でも子供の頃から何度も訪れて、向こうの祖父母は私の事を本当の孫のように歓迎してくれている。


「勿論静は来なくていいよ。友達の家に泊めてもらうか、私もこっちに残っていいんだし。一番大事なのは兄さん達の結婚報告なんだから」


私が歓迎されているとしても静にとっては居心地が悪いだろう。私も帰省したいけど基本時間が自由な仕事だし今出来なくたって構わない。兄さんももう静の事は信用しきっている。二人でこっちに残るのもいい気がした。


「行こうかな……いい?」

「行くの? うちの両親祖父母も静のこと歓迎するとは思うけど、兄さん寧々さん主役だし居心地悪いと思うかもしれないのに」

「行く。そっちの方にちょっと用事もあるし。僕の事情を話すのは面倒だろうから望の未来の結婚相手として連れてってよ」

「嘘は良くない」

「自分は嘘ついて告白したくせに」


それを言われると弱い。まぁ、恋人として紹介するための同行とすれば静がついてきても不自然な事はない。向こうに用事もあるというのならお互い気を使わなくてすむ。

しかしその用事って……何か記憶を取り戻すためのものだろうか。

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