滞在四日目、七月の話
第26話 影武者もう一度
昨日ちゃんと仮眠をとったおかげで原稿は順調だ。下書きを終えてペン入れに入って、今月の進行がスムーズすぎる事に気付く。多分それは居候の静のおかげだろう。
中身高校生の静が身近にいれば、私もサボったり慌てふためいたりするようなみっともない姿を見せられない。それに静の方も簡単な食事の用意もしてくれたり、ちょっとした掃除もしてくれて、細かな負担が減っているようだ。
あとは静が影武者した事でストーカー問題が解決した事も大きい。
「編集部に来ていた苦情の電話やメールがなくなったんですか?」
『はい。望さんには今まで関係ないからと黙っていたのですが、毎日のように苦情メールが来ていて。でもそれが急になくなったんです』
武田さんの電話からそんな朗報もあった。全くそんな話はまったくなかったけれど、編集部には『女が少年漫画を描くな』などといった苦情が毎日あったらしい。でも静の手の写真で中原望男性説が出て、それがなくなった。
『なのでもう一枚ほど、影武者の写真をご用意していただけないでしょうか?』
「もう一枚?」
『手の写真はかろうじて男性とわかるのですが、綺麗すぎるんです。そのせいか【中原望ゴツめの女性説】があって疑問の手紙はまだ来ていますので、確実にするために…』
「メールはなくても手紙は来るんですね……」
果たしてこれはちゃんと効果のある事なんだろうか。
とはいえ苦情の処理をするのは編集者だ。編集者は私宛に苦情が届いていたとしても、それを私には伝えない。毎日のように苦情が来ていた事だって今日初めて知ったほどだ。
ファンレターだって私より先に見て危険度の高いものや悪口はこっそり抜いているはず。攻撃されているのは私でもそれを庇っているのは編集者。その精神的苦痛を思えば静の写真を私がお願いするくらいはやれると思える。
手だけじゃまだ男説が通じないから、次は静の上半身にしよう。それなら細めの男性で通じる。
「わかりました。次は顔を隠しての上半身の写真とかならいいでしょうか?」
『そうですね。その辺りは影武者さんと相談してお願いします』
そうして電話を終えた。
その様子を見て、静がおずおずとやってくる。気を使って、でも私に何か伝えようとしている事があるようだ。
「電話、終わった?」
「うん。もう一枚影武者の写真が欲しいって。あれ、その格好……」
静は今、兄に借りたブカブカの服ではなくてここに来たときの服のままだった。キレイめパンツにカジュアルすぎる古びたTシャツという、ちぐはぐな格好だ。
「まさか、帰るの?」
「ううん、実家に荷物を取りに帰るだけ。ずっと咲良さんの服を借りるのも悪いし、何かとぶかぶかだからね」
なんだ、と私は落胆する。それは家に帰りたがらなかった静にとっては進歩だ。とはいえ、家に何かと厄介な人が押しかけているのに一時帰るだなんて大丈夫だろうか。
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