滞在三日目、六月の話
第22話 話題の手
静滞在三日目。今日は夜中から雨が降り続いてる。
そして朝から驚くことが起きていた。
「僕の手が話題になってる?」
「うん。一部ネットでだけだけどね」
静の作った朝食を食べ終えてからその話をする。
昨日送った静の写真は、その日のうちに月間少年ファイトの広報アカウントから公開された
『月刊少年ファイト 6月号はけんげんが表紙です。こちらは中原先生からいただいたお写真です』
というコメントも添えられていた。うまいこと嘘はついていない。
さらにはそれがネット上で話題となっている。
『【剣と魔法と現代社会】作者中原望、男性説確定』と。
色白で華奢な手だが確実に男性とわかる手は、私の想像通りの反応をネット上に起こしてくれた。
静はそのうちのネットニュースを共用タブレットで眺めて事態を把握する。
「本当だ。へぇ、望は有名人だから」
「狙い通りの反応で嬉しいけど、なんだかな。『やっぱりこの面白さは男が描いたからだ!』みたいな、手のひら返しがひどい」
「いつか望が漫画で大金持ちになってSPをつけられるくらいになったら本当の事を話すといいよ。そしたら安全だしもう手のひらなんて返せなくなる」
「それ、いつになるの?」
静はへらっと笑うだけだった。やっぱりこいつは当たり障りのないことしか言わない。8年前とまったく変わらない。
「ていうか今日こそ記憶確認しないと。まだ2ヶ月分しか思い出してないんだけど」
「今日こそって。望の目の下、クマがひどいよ。昨日の晩寝てないんじゃない?」
「まぁね。作画作業がのってて、はやいうちに終わらせたかったから」
静に指摘されたとおり、私の目の下にはくっきり濃くクマがあるだろう。昨晩ほぼ寝ないで下書き作業していたからだ。眠いと言えばきっと眠いんだろうけど今すぐ眠れるような状況ではない。漫画の出来がよくハイになってなんだってできそうな感じがある。ただここからの作業はペン入れなので集中力がある時にしたい。というわけで先に静の記憶確認しようというわけだ。
それでも静は私の状態が異様なのか引いている。
「僕の事より寝なよ。望をそんな状態にしておいて記憶取り戻したって嬉しくはない」
「でも兄さんが滞在するのっていつまでかもわからないし」
兄は仕事と結婚の準備で本格的に忙しくなっていて、今日は朝から仕事に出かけている。静が滞在しているのだって兄がいるから許されているだけだ。時間は限りあると考えた方がいい。
おまけに私は静母の真佐子さんから静の事故直前の不穏な話を聞いてしまった。
静は何者かに追われて、そのせいで事故にあった。静はなぜ追われたかはわからない。被害者だからか加害者だからかもわからない。でもそんな事があったからこそ記憶を早く取り戻した方がいいと思う。
「望って、自分の事いい加減とか言うけど本当はすごく真面目だよねぇ。お兄さんに合わせて優等生するし、めちゃくちゃ気を使ってるし、漫画家になろうとするなら一直線だし」
「真面目にやるのがなんだかんだで一番楽な近道でしょ」
「全然楽そうに見えないよ。今日は寝るまで監視するから」
呆れた顔して静が言うなんて余程だろう。そのせいかとんでもない事を口走っている。寝るまで監視って、静が?
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