第18話 誘拐事件

「でも望がドラッグストアで看病に必要なもの色々教えてくれて助かったよ。胃に優しく手間なく食べられるものがいいとか。それで母さんすごく感謝してた」

「それなら良かったんだけど。うちはなるべく自分でやる家だし兄があれだから。高熱でうなされてる時にステーキとか出す人だから」


風邪引いて弱っていても普通に食べられる人とまったく食べられない人がいて、その溝は大きい。多分、兄は自分は食べれるし食べて治した方がいいと悪気なくこってりしたものを持ってくるのだろう。推測だけどあの小柄な静のお母さんはそうじゃない。


普段家族の風邪にとくに何もしなかった息子が胃に優しいものを買ってきてくれた。それだけでお母さんはきっと嬉しかったはずだろう。


「おかげで母さんの中の望の評価は爆上がり。僕もしばらくことあるごとにその事を褒められたよ」

「……そういや静のお母さん、静がここにいることは知ってるんだよね?」

「知らないけど?」


私は反射的に立ち上がった。急に立ち上がったせいと、精神的な事も有りめまいがする。

これはやばい。精神年齢高校生を、保護者にも伝えず泊めてしまった。外側が成人だからいいものの、誘拐とされてもおかしくはない。


「今すぐお母さんに連絡して!」

「スマホ他人のものみたいだから触りたくない」

「そんな事言ってる場合か!」

「望が連絡しといてよ。家電の番号なら覚えているからそこにかけて」


メモにさらさらと家電らしき番号を書く。でもなんで私が連絡しなきゃならないんだ。


「ついでにスマホも預かっといて。どうせ使わないし、家電通じなかったら僕のスマホから親のスマホ番号にかけていいよ。パスワードは僕の誕生日、0703ね」


静はとても信じられない事を簡単にしてくれる。普通人にスマホを預けるか? いくら他人のもののような感覚だからって。静が他人(といっても未来の自分)のスマホを見たくないように私だって見たくないというのに。


「じゃあ僕、咲良さんに銭湯連れてってもらうから。連絡はお願い。その代わり晩御飯は頑張るからね」

「ちょっと銭湯ってなにその予定。いつ約束したの」

「さっきー」


静はそれだけ答えてリビングを出ていった。ツッコミが追いつかずどうでもいい事だけ答えさせてしまった。

兄は静の事を気に入っているんだもんな。私の夢のために別れた彼氏だと思いこんでいる。こうして連れ回すのは気に入っている証拠だ。


しかしこうして一人になったからには、私は静の親に連絡をしなくてはいけない。さっさと終わらせて原稿にかかりたいし、時間も水曜の午前十時。在宅かはわからないがいい時間だろう。自分のスマホから、静の家電へとかけた。


『はい。城田です』


高いのに落ち着いた声が聞こえた。おそらくは静の母だ。私はつい背筋が伸びる。確か、静の母は着付けの先生で小柄で穏やかな人だった。


「あの、私、静君の同級生で、中原と申します。今静君を預かっていて……」


しまった、誘拐犯みたいな事を言ってしまった。でもこんな状況、どう言えば正確に伝わるんだろう。

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