第14話 精神年齢高校生

「完璧な妹を演じるのに慣れちゃったのよ。だから悲しくはない。慰めはいらない。それともこの事を兄さんに告げ口するって脅す?」

「まさか。そんな事はしないよ。ただ、僕は僕の記憶を取り戻すために真実を明らかにしたかっただけ」

「そう、だった。せっかく残ってた記憶なのに、ややこしい事情ばかりで悪いね」


静は私の前を歩き出す。中身高校生の彼の勘の良さには驚いてばかりだ。私に気持ちがないのに告白した事も見抜くし、私の感情の向きすら見抜く。これなら情報さえ揃えられれば自力で記憶を取り戻せそうだ。


「そうややこしい事じゃないよ。これでどうすればまた望と付き合えばいいのかわかる。失恋を忘れるには新しい恋……って望にはそんな新しくもないか。8年ぶりくらいの恋とかとはどう?」


振り返り、いつものようにふんわりとした声色で静が言った。いつもの調子すぎる。私はため息をついた。


「精神年齢高校生と付き合うのは無理」

「そっか。じゃあさっさと記憶を取り戻そう」


静はそうは言うけどコンビニに向かって歩く辺り信用できない。本当に記憶を取り戻したいならさっさとスマホを開くなり事故直前の話でも聞くなりするものだろう。つまり再び付き合う気はさほどない。軽口だ。


コンビニ内の雑多な雰囲気になぜか静ははしゃぐ。まるで初めてコンビニに来た人のようだ。彼が高校生の時にはコンビニはあるはずなのに。 


「ねぇ、カヌレって今流行ってるの? なんかやたら見るね」

「あぁ、ここ何年かで流行り出したよ。そんなんじゃタピオカも知らないでしょ」

「さすがにタピオカは知ってるよ。あの白いやつでしょ」

「白いやつはだいぶ昔のやつ。今は黒くてミルクティーに入ってるから」


なるほど、まったく流行っているものがわからない事が面白いのか。生活を送るには問題のない記憶喪失かもしれないけれど、これだけ流行りものが変わってしまうというのは不便かもしれない。


「今回そういう洋菓子は買わないよ。大福とか和菓子買うからあんたはお泊りセット選んできな」

「はーい」


静は素直に言うことを聞き、菓子類とは離れた棚に向かった。私はコンビニにある和菓子をすべてを一種類ずつかごに入れていく。仮の結婚祝いだ。


思っていたより兄の結婚にショックを受けなかった。強がらなくても、慣れを差し引いても、ショックとは言えない。あの人の事は確かに好きだった。でなきゃ昔、アリバイのために静に告白なんてしない。


静のいるおかげで、さらにはそれを指摘されたから、平気になったのだろうか。

なんで彼がここに来たのかよくわからないけれど、滞在中くらいは記憶を取り戻す手伝いをしよう。精神年齢高校生である今の彼ですらおもしろい。大人になった彼はきっともっと魅力的なはずだ。それには少しばかり興味がある。

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