第13話 失恋
視線が上がらなかった。静の目を見て否定したいけれど、それができない。
「断ると相手に不利益がある告白は暴力に近い。だから望は咲良さんに思いを伝える事も悟られる事も避けたい。でも僕という彼氏の存在がいれば、それらは確実に避けられる」
エレベーターが地上についた。
あぁ、なんでバレてしまったんだろ。認めてしまえばきっと楽になれる。もう十年近く前の事だ。兄も結婚という、私にはどうにもできなくなる所に行く。これだけ迷惑をかけた静には観念して話しておくべきだ。
私は振り返って一気に伝える。
「失恋といえば失恋だけと、そこまでのものじゃない。私は二人が付き合い出した頃も喧嘩してた頃も知ってるし、いちいち動揺してられないんだから」
確かに私は兄に対して特別な感情を持っていた。しかし今更結婚で動揺はしない。もっというと、二人が付き合い出した時にも落ち込まなかった。なんと説明すればいいのだろう。針で刺すような痛みはある。でものたうち回るような苦しみはない。妹らしい、自分の振る舞いに気をつけながら祝福する事はできる程度の痛みだ。
「考えてみてほしいんだけど、自分の事を大事にしてくれるよく出来た人間が身近にいたら、そしてそれが血の繋がらない人なら、好きになってしまわない?」
「いいところしかない人が身近にいるんだから、当然だよね」
マンションから出てコンビニへ歩きだす。あの完璧な兄が側にいて育ってしまった私はある意味不幸だ。大抵の男子は泥のついたじゃがいもに見えてしまう。しかも血の繋がりがない。下手をしたらこれが運命として家庭内で兄に恋して暴走してしまいそうだ。だから思春期の私はそうならないよう必死で考えた。
「静の言うとおり、私は家族を壊したくない。完璧な妹として、彼氏がいるからあなたの事を好きになりません、ってアピールをしなきゃいけなかった。私はそれぐらいには冷静だし計算もしてる。だからあんたを選んだ」
『完璧な妹』とはよく言い表している。私がしなきゃいけないのは兄に不安を与えない事だった。
静の言うとおり、断れば不利益の生じる告白は暴力に近い。
家族に告白されるか、好意を悟られるかしたら、兄にとってあの家は心休まらない場所になってしまうだろう。両親から見てもせっかく気を使いつつ家族となったのに、台無しにされたと思うはずだ。
だから私は静に告白した。私に彼氏ができれば兄への好意は悟られない。もし静に振られたって、それで兄に泣きつけばアリバイになる。『好みは中性的にキレイな男性』『だからあなたに好意は持ちません』という、アリバイだ。
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