第12話 無一文
兄の結婚。普通に血の繋がった兄妹ならどれくらい祝うものなんだろう。これからちゃんとしたお祝いもするだろうけど、今日は今日で別のお祝いだ。
玄関でスニーカーを履いていると静がついてきた。
「望、僕もついていっていい? パンツ買いたい」
「あぁ、そっか。泊まるんだっけ。いいよ」
「あとできればお金を払って貰えると助かる」
「は?」
「僕、無一文なんだ」
ふんわり微笑んでこんな事を言う人も珍しい。無一文ってなんでだ。今は休養中とはいえ貯金があるだろうし家も裕福なはずなのに。
「ええとね、僕が持ってるお金って未来の僕が稼いだ、他人のお金みたいなものでしょ?」
「そーね、記憶喪失ならそういう感覚よね」
「だから使いたくなくて持ってない。多分スマホの中にいくらかお金もあるだろうけどそれも他人のスマホ感強いし。勿論後で返すよ」
図々しいのか繊細なのかわからない話だ。私なら未来の自分が稼いだお金は普通に使うし、スマホも自分のものとして使う。そしてスマホから情報を把握して少しでも記憶を取り戻す。でも静はそれをしない。まぁどうせコンビニで買えるお泊りセットくらいなら大した額じゃない。余裕で貸せるしあげてもいい。
「わかった。けどさ、そのうち使えるようになりなよ。お金もスマホも。他人のって言ったって間違いなく未来のあんたのものなんだから」
「うん。ありがとう」
靴をはき玄関を出てマンション共用部分の廊下に出る。夕飯前なのでどこかからか玉ねぎを炒める匂いがする。このマンションから一区画ほど歩いた先にコンビニはある。まぁまぁ便利な部屋を借りてはいるが、兄が結婚してここを出るならもう少し小さい所に越してもいいかもしれない。
「望」
誰もいないエレベーターに乗り込んで、静が私の名を呼んだ。
「望はお兄さんの事、咲良さんの事が好きだから、失恋したんじゃないの?」
エレベーターは動き出す。8階からだから、地上に着くまでにそれなりの時間がかかるだろう。
「はぁ? そりゃブラコンぐらいには好きだけど、失恋ってなによ」
「異性として好きだって事。だから望は僕に告白した。血が繋がらないとはいえ、咲良さんに思いを伝えるわけにはいかないから。君は完璧な彼氏を手に入れたかったんじゃない。完璧な妹を演じたかったんだ」
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