第10話 兄の咲良


■■■




それから打ち合わせを終えて武田さんは帰り、私は早めに直しの仕事をして、その間静はうちの兄妹による漫画コレクションを読んでいた。

そして夕飯時、そろそろ兄が帰ってくる頃だ。


「お寿司とるけど食べられないものなかったよね?」

「そんな、お寿司だなんてお構いなく」

「あんたへのもてなしじゃない。これは久々に日本に帰ってきた兄さんへのものだから」


静には誤解されないよう塩対応にしておく。寿司店のチラシを見ながらとりあえず三人分頼む事にする。静は好き嫌いもアレルギーもなかったはずだ。最近発症したアレルギーまではわからないが、多分ないだろう。


「……結構いいところのお寿司だね。付き合ってる時に一緒に行った回転寿司とは桁が違う」

「当時とは財力が違いますので。まぁあんたの分も頼むよ。でもそれ食べたら帰ってくれない? 話ならまた今度付き合うからさ」

「じゃあ泊まれるかどうかはお兄さんに聞いてみて。お兄さんが駄目って言うなら帰る」


ここでなんで兄さん? まぁうちの兄さんは絶対に許さないだろうからいいけど。


「お兄さんって今彼女さんいる?」

「いるよ。寧々さんっていうハイスペの彼女が。ハイスペ同士気があうけど、そのせいかすれ違ってばかりでうまくいったりいかなかったりみたい」


うちの兄みたいなハイスペックな人は気があう人はなかなかいない。だから同じようにハイスペックな人を好きになるらしいけど、ハイスペックが故に二人共誰からも頼られて忙しい。だからあまり会えなくて喧嘩になることもしばしばだ。


ちょうどその時に玄関の方から物音がした。足音は少なくごとごとと荷が動く音が大きい。そしてそれらよりも大きな声。


「ただいまー!」


兄さんが帰ってきたのだった。


「おかえりなさい。お疲れさま」


慌てて私は玄関に向かう。静もそれについてくる。数週間ぶりに見る兄はとくに変わりない。私には想像がつかないような海外での仕事をしたというのに、顔ははつらつとして背筋も伸びて、全然疲れた様子がないのはどういうことだろう。


「お邪魔してます。城田静です」

「んん? 君は前に望を迎えに来た子だったよな?」


静が挨拶すれば、兄はすぐ思い出した様子だった。って、この二人、一度しか会っていないはずなのに。それも8年前だというのに。私だったら絶対忘れている。


「覚えてくれてたんですね。嬉しいな」

「もちろん、望がずっとあれこれ相談してきた彼氏なんだからな。一度デートの迎えに来たし写真もみせられたしプレゼントの相談もされたりしたんだし」


もーちょっとお兄ちゃんー! とか言いたくなる場面かもしれないが、私はなんとも言えない表情で俯いた。


「なんだ、俺のいない間に復縁したのか?」

「それがかくかくしかじかで」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る