第9話 影武者
ゴツすぎる体に竹刀だこのある手。兄のそれらのパーツは漫画家らしさがないだろう。兄ほど漫画家の影武者に不向きな人間はいない。
「だったら僕が影武者をやりますよ」
しかしここで静が手を上げた。
「いやなんで?」
「僕の方が向いていると思うから。ほら、手なんてこんな白くてひょろそう。これぞ漫画家という手だよ」
確かに見せられた静の手は華奢で日焼けをしていない、しかし男性の手とわかる程度にはしっかりしている。まぁ男性漫画家が全員ひょろいというわけではないんだけど。
「そうですね。ちょっと男性漫画家にしては綺麗すぎる手ですけど、いいじゃないですか。望さん、元カレさんにやってもらいましょうよ」
「武田さんまで。他人に影武者頼むほどのことじゃないですよ」
なんでそこまでして影武者を立てようとするのか。この漫画家は男、とうっすらでも匂わせれば煩わしい事はなくなるかもしれないけど、他人を巻き込む事までのことではない。
「他人だなんて水臭い。元カレだよ」
「他人なんだけど」
「今日ここに泊めてくれるお礼だと思ってくれればいいよ」
「は?」
また静がとんでもない事を言い出した。武田さんは少女漫画の急展開でも読んでいるような顔をしている。
「……くだらない話して打ち合わせを中断しないで。席、外してくれる?」
武田さんという第三者のいる場でこれ以上プライベートな話をするわけにはいかない。
静は約束は守るのか、叱られた犬のようにリビングを出ていった。
「いいんですか? 追い出して」
「今は仕事優先なので」
「記憶喪失の方なんですよね。それも望さんの事は覚えているとか。望さんしか頼れる方、いないのでは?」
そのあたりの事情はもう編集部に知れ渡っているのだろう。武田さんにも私がこの件の重要人物であると誤解されていそうだ。私はただ最後に記憶されていたというだけの存在なのに。
「彼にはご両親がいて立派な豪邸で帰りを待っていますよ。私がそこまで世話する義理はありません」
「それもそうですね。元カレって、今でも相手が自分の事を好きという変な自信がありますよね」
武田さんの言葉はちょっと違うけど、ややこしいので同意しておいた。静は私に好かれていない事をわかっている。でも実際こういうのをほっとけないくらいには彼を気に入っているので、そこを狙って頼りにきたのだろう。
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