第8話 剣と魔法と現代社会



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担当編集の武田さんは女性。多分仕事のできる担当さんだ。多分というのはまだ二人しか編集者を知らないから。

武田さんと一緒に私は『剣と魔法と現代社会』、通称『けんげん』という漫画を作り連載をしている。現代社会の一部が異界化し魔物が現れる、ただしその魔物は現代の兵器など通用しない。通用するのは人の思い。職人が思いを込めて作った武器や、思いを現象とする魔法を生み出し戦うストーリーだ。


「この度は申し訳ありませんでした」


リビングの椅子に座る前に頭を深く下げる武田さん。こうなるからこそ武田さんの上司が情報漏洩させたのが残念でならない。それだけ彼女はいつも私を気遣ってくれているからだ。とはいえ私にはもう彼女を怒るつもりもないけれど。


「武田さん、謝らないでください。どうせこいつがコネ使っておえらいさん頼って、仕方なく教えたんでしょう。しかも何も問題は起きていないわけだし。貴方が責任を感じないで」

「でも望さんは現在ストーカー被害にあっている中だというのに、配慮が足りていませんでした」


武田さんの言葉に静はぴくりと反応した。あーあーややこしくなった。


「ストーカーって?」

「別によくあること。漫画読んでこいつは表現が女々しいから女だ、女が少年漫画描いたってつまらんから描くなって言い出す奴がいるだけ」

「でもその人達が望の素性を探ろうとしているってことだよね」


静の確認するような断定の言葉に、頷いたの武田さんだった。


「確かによくあることですが、危険には違いありません。望さんは男性でも通用する名前ですが性別を公表していないせいか性別を探られる事が多くて。それで女性は少年漫画にふさわしくないとして中傷される事もしばしばあります」

「そんな事が。じゃあ望の連絡先を僕に与えちゃ駄目じゃないですか」


今日一番のツッコミどころのあるセリフが静から出てきた。お前が言うな。

武田さんは組織に所属する人間だ。上司の決定は止められない。その上司もこのストーカー問題は知らないだろうし、静をストーカーだとは思わないだろう。


しかしこんなことならもっと雄々しいペンネームにしておけば良かった。急に漫画家を目指した私にはペンネームをつけるという考えがなかった。当時の編集からも男性名にした方がいいと言われたし望なら男性と思われていいとも言われた。その時は『男性名でないと読まれないから』という理由だったはずだ。まさかその意見通りになって、それが加熱して性別を探られるとは思わなかったが。


「まぁストーカー達もネットで私の悪口で盛り上がるのが楽しいだけで、実際家までおしかけたりしないでしょ。気をつけてはほしいけど、そこまで心配するものでもないですよ」


性別のせいでごちゃごちゃ言われるが、そんなの遠くから言ってるだけだ。さすがに危害を加えにはこないだろう。そういう連中をストーカーと呼ぶのだってやり過ぎな気がする。しかし武田さんは何か対策を考えているようだ。


「望さん、お兄さんがいらっしゃいましたよね。その方に影武者をお願いするのはどうでしょうか?」

「影武者?」

「中原望はこの男性です! という感じにお兄さんの写真を著者近影として載せるんです。そうしたら女性疑惑はなくなるし、何かしようという輩もいなくなるのでは、と」


なるほど、下手に隠すから女と疑われる。ならば男である兄に私のふりをさせる。そうすればストーカーはいなくなるというわけだ。嘘ではあるが自分の身を守るための嘘となる。名案だ。でも却下。


「兄に迷惑をかけたくないです。兄の会社は副業禁止かもしれないし、交友関係が広い人なのですぐばれてしまいますよ」


それが却下の理由だ。副業禁止かどうかは知らないが、もしこの事で仕事に不都合あるといけない。なによりただでさえ私に甘いあの人に余計な心配をかけたくない。


「では顔以外を鮮明に写した写真ならどうでしょう? 体型や手など男性と分かる部位の写真とか」

「それはなおさら無理ですよ。兄はガタイがよくて手も剣道などのタコがあります。漫画家に見える部位なんてなさそうです」

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