第6話 傷痕

……そうだ、千賀子に秀人さんに会った事を話してみよう。


千賀子は、地元の人と結婚し、今は子育てで忙しくしている。

ここのところ、しばらく会っていなかった。


……せっかくだから、ランチでもしながら会いたいなぁ。


良美は千賀子にメールをした。


「千賀子、久しぶりです。なかなか会えないね。もし良かったら、今度の日曜日にでもランチしませんか?ゆっくり話がしたいです。今日は、秀人さんにばったり再会したよ。少しだけ話ができてとても懐かしかったです。嬉しかった」


すぐ、千賀子から返信が2通きた。


「ランチ、了解!」


それともう1通。

「良美は、秀人さんから聞いたの?」



何を?

……母も、千賀子も、秀人さんの何かを知っているのか。


千賀子に問いただすと、メールで走り書きするような事ではないから、と言って、ランチの時に教えてもらえることになった。




……そして、千賀子との約束していた日曜日になった。


良美の住んでいる街の駅前には、ペデストリアンデッキがある。それは、大きな広場と縦横無尽に走る横断歩道橋の合体した、街のシンボル的なものだ。


そこから眺める街並みは格別で、正面には真っ直ぐのびる並木の青葉が、遠くまで生い茂る。

よく、杜の都と呼ばれるのも頷ける。

その駅ビルの中には、大きなステンドグラスがあり、市民の待ち合わせスポットとしても知られている場所だ。


良美と千賀子はステンドグラス前で待ち合わせをした。

駅ビルの中は、沢山の人でごった返している。


それでも、見慣れた千賀子の顔は、すぐ分かった。


千賀子とのランチは、駅前の和牛専門の焼き肉レストランの個室を予約しておいた。

大事な話になりそうな予感がしたからだ。


「良美、元気そうじゃない。」

「千賀子もね。今日は、忙しいのに来てくれてありがとう」



千賀子は、子供の話を楽しそうに話してくれた。暫く会えなかった時間は、すぐに埋まっていく。


「…ところで、秀人さんの事なんだけど」

そう、良美が話を切り出した。


「良美、知らないの?」

少しだけ顔を曇らせて、千賀子が言った。

「秀人さんは何も言わなかったから、

何も知らないのよ。何があったの?」


「……そう。」

一呼吸おいて、千賀子は話してくれた。


……秀人さんの奥さん、亡くなられたのよ。確か、2年前かしら。

良美はその頃、他県にいたからね。

だから、知らなかったのだと思う。

奥さんの、闘病生活が長くてね……。

秀人君はとても愛妻家だったから、

亡くなったときは、かなり落ち込んで……


絶句してしまった。


そういえば、秀人は神社で会ったとき、家族の話をしていない。

浮かれてばかりの自分が恥ずかしかった。


「…良美、落ち着いて聞いてね」

神妙な面持ちで千賀子が良美を見つめた。

「何?」


「秀人君、奥様の一周忌の後、自殺未遂したのよ」


頭の中が真っ白になった。


その後の、千賀子との会話も食事も、

よく覚えていない。



帰り道、良美の胸は重く苦しくなった。

…きっと秀人は、ずっと苦しい想いを抱えながら、刹那を繰り返し生きているのだ。

秀人は奥様を亡くし、生きる意味を見失っている。


秀人の心に、人として寄り添ってあげたい、純粋にそう思った。



………その時である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る