第7話 奇跡

秀人の心に寄り添いたい、そう思った時。



良美の脳裏に、突然あの雪虫が舞い降りてきた。


天使。

確かスピリチュアルな意味は…


良美の頭の中で、声がした。

「赦す」

雪虫が伝えたかった事。


森羅万象、全ての出来事は意味があり、宇宙からのサインなのだと、良美は信じている。

時折、サインを良美は受け取っていた。



赦す……この言葉が、秀人さんとどう繋がるか、それはわからない。


でも悔やんだりしたくない。

この言葉を、秀人さんに伝えよう。


もう家に帰る頃には、空には星がでていた。


一瞬、躊躇いもあったが、良美は秀人の家を目指して飛び出して行った。


時は繋がる。

偶然にも秀人は夜空を仰ぎながら、自宅前に立っていた。

綺麗な星空だった。


息を切らせながら駆けてきた良美を見て、

驚いていた。


「良美さん、どうかしたの。大丈夫?」


良美は呼吸を整え、静かにこう言った。

「秀人さん、伝えたい事があるの。

そう、これは奥様から秀人さんへの大切なメッセージなの」



秀人は顔をこわばらせた。

「……何言っているの。

冗談なら止めてくれないか。響子は2年前に亡くなったんだ」


秀人の声は、震えていた。


「君は知らないだろう、響子と僕の事を。

軽々しく口にしないでくれ」


今まで見たことのない、秀人の顔だった。


「赦す、そうメッセージがきたわ」

良美は、静かに言った。


「何を根拠にそんな事を言うんだ!

君に何が分かるんだよ!」


温厚な秀人が、思わず声をあらげた。


その時である。


秀人と良美の間に、ふわりふわりと、雪虫が舞い降りてきた。


まるで夜空の月から、一粒の雪が降ってきたかのように……。


「雪虫は天使なの。赦すというメッセージを持ってきたの。あの神社の時も。

 秀人さんと雪虫が、私の中でリンクしたんだ」

 


雪虫は、秀人の周りを愛おしむかのように何度も飛んで、夜の闇に消えていった。


いつの間にか、秀人の目から涙がこぼれていた。


「俺は死にぞこないさ。響子は、独りにしないでと、何度も言いながら亡くなったんだ。それなのに、響子を追いかける事も出来ない弱虫なんだ」



そう言うと、地面に突っ伏した。


良美は、うずくまる秀人の背中に手を当て、そっと言った。

「苦しまなくていい。奥様は、そんなことを望んではいなかったのよ。だから奇跡を起こしてまで、秀人さんへ伝えたかったのよ。大丈夫、もう心を解き放しなさい」


そう優しく秀人に言葉を残し、良美はその場を立ち去った。

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