第4話 時を経ても

その秀人が今、此処に居る。

あのラブレターの一件について、秀人は

一言も口にださない。


…もしかしたら、気遣ってくれたのだろうか。

そんな、些細な事も良美は嬉しかった。

茶屋で2人で冷甘酒を飲みながら、しばらく談笑した。


良美は、自分が卒婚して実家に居る事や、

子供がいないこと、現在は気ままに楽しく暮らしている事などを話した。


「…きっと素敵な人と巡り会えるよ」

私の心の奥底を見透かすかのように、静かに言ってくれた。


「そうだといいな。人生これからだものね」

「うん、そうだよ」

優しく秀人が微笑んだ。


楽しい時間は、あっという間に過ぎていく。

外の景色が夕闇へと変わっていた。


「せっかくだから、お詣りしていかない?」

帰り際、秀人が言った。

良美は、喜んで頷いた。


若い頃は、恥ずかしい思いもしたけれど、

こうして穏やかな気持ちでいられる。

素直に、嬉しかった。

良美は、今日の秀人と再会できた事を、

感謝の気持ちで手を合わせた。


長い階段を、今度は2人で下りていく。

ふと、良美は思い出した。


「秀人さん」

「ん?どうかしたの?」

「さっき、雪虫が飛んでいたのよ」

「え?雪虫は冬の虫じゃなかったかな」

秀人も、少しだけ驚いていた。


「きっと慌てん坊なのよ、私みたいにね」

「少し位、おっちょこちょいの方が可愛いと思うよ」


思わせ振りな事を、さらりと言う。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る