第3話 黒歴史 

そう、あれは中学3年生の初秋の頃。

陸上部だった良美は、夏の総体も終わり、燃え尽きていた。

夏の間の、朝練から夕方遅くまでの練習もなくなり、心にぽっかりと穴が空いたようだった。


そんなある日。良美はある事を決心した。

「ねぇ千賀子。私、秀人君に告白しようと思う」

千賀子は、私の親友だ。

気さくで快活な彼女と私は、何でも言い合える仲である。

今回の件も、躊躇いなく千賀子にアドバイスを求めた。


バレー部に所属していた秀人は、長身で甘いルックスをしているので、下級生達からも人気者だった。


「やめときなよ。高嶺の花よ、秀人は」

千賀子は、手を良美の前で、ひらひらさせてそう言った。

千賀子がそういうのは、他にも理由があった。


ルックスや頭の良さだけではない。

秀人の家は、地元で由緒ある味噌醸造会社を経営しており、その跡取り息子なのである。この一帯には、曽根一族が集まっているが、その本家にあたる。

生粋のお坊っちゃんなのだ。

だけど、私が秀人が好きになったのは、そんなことだからじゃない。


以前、学校に遅刻しそうになった事があった。

半べそで走ったけど、カバンが重くて仕方がない。

……遅刻決定だぁ。


その時だ。

後ろから、星野さん、と呼ぶ声がした。

秀人だった。


「ほら、カバンよこして。一緒にラストスパート。絶対間に合うから」

2人分のカバンを持っても、秀人は速かった。

おかげで遅刻しないですんだ。


あの頃からだ。

秀人の優しさに惹かれていた。

秀人の姿を、ずっと目で追う。

廊下ですれ違う度、胸がドキドキしていた。


「秀人君は、頭が良いから私が受験する高校とは違う高校に行くのよ。それが分かっているから、自分の気持ちにけじめをつけたいのよ」


「馬鹿ねぇ……」

千賀子は、こりゃ、どうしようもないわと、両手を上げた。

この年頃の恋は、向こう見ずなものだ。

一大決心した良美は、家に帰宅すると、勉強そっちのけでラブレター書きに勤しんだ。


次の日。

隣のクラスの秀人をベランダに呼び、淡い恋心をしたためた手紙を渡した。


手が汗ばむ。

「これ読んでください」

そう言うのが精一杯だった。

その次の日の放課後、今度は良美が秀人に呼び出された。


心臓がこれでもかと、バクバク鳴らす。

清水の舞台から飛び降りる覚悟で、秀人の待つ校舎裏へ向かった。


そこに、秀人は1人で立っていた。

良美の姿を認めると、微笑んで

優しい声でこう言った。


「良美さん、手紙をありがとう。気持ち嬉しいけどごめん。…都合良いかもしれないけれど、今までのように友達でいてほしいんだ。それを伝えたくて」


あぁ、やっぱりなぁ……。

不安定に動いていた胸の中の風船が、パンと弾ける音がした。

でも、後悔はしていない。

だって、私が秀人さんを好きだという事は、ちゃんと伝えられたのだから。


「い、いいんです。こうして話ができるから」

真っ赤になった良美の顔を、優しい眼差しで見つめながら、秀人は、さらに言葉を続けた。


「良美さん………あのね。手紙の漢字、間違えていたよ。恋の文字の所に、変って書いてあったよ」


秀人は悪気なく、良美の顔をにっこり見ていた。

………嗚呼!

ベタな三流ドラマにも出てこない、大ボケをかましたのだ。

こんなことが、実際本当に起こるのである。

良美は、これ以上ならない位顔を真っ赤にして、疾風のごとくその場を立ち去った。

それ以来、秀人とは口を聞いていない。



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