第2話 再会

素敵な天使の突然の来訪に、足取りも心なしか軽やかになる。


鬱蒼と繁る、両脇の大樹の中から聴こえてくる蝉時雨。

儚い命を惜しむかのように、ジリジリと大音量で鳴り響かせる。


階段の辺りは木陰なので、陽射しがない分、いくらか涼しく感じる。

…えいやっ!

一気に心臓破りの階段を登りきった。

さすがに、このまま走り続けるのは困難である。


はぁっ、はぁっ、はぁっ。

息が途切れて、呼吸困難になるようだ。

……小休止。


良美は前屈みになって、膝に手をあてた。


平日の夕方という事もあり、周りには

誰もいない。

まるで自分だけの走路だ。


汗が目にも滲んでくる。

ぼやけて見える景色は、緑の異空間のようだ。

しばらく呼吸が整うまで、じっとしていた。


ドリンクを持って走らない良美は、いつも境内の所にある茶屋で、冷甘酒を飲むのを習慣にしている。

少し見えにくい場所にあるので、余り混まないのも良い。

ここの甘酒は、全然粉っぽくなく、さらりと飲める美味しい甘酒だ。

ちゃんと「家内安全·商売繁昌」も祈願されているから、なおのこと御利益もある、有難い甘酒である。


この神社の近くに学校がある。

良美の母校だ。

いつもなら、ブラスバンド部の奏でる音が微かに聴こえてくるが、今日はどうしたのだろう。静かだ。


中学の頃も、ここの道はよく通っていた。

木々から零れる陽光も心地よい所だ。

今日も茶屋に入ると、平日なのに珍しく先客が1人いた。男性だ。


その男性が良美の方を振り向いた。


「………良美さん?」

ドキリとした。


「秀人さん?」

数十年振りの再会である。

こんなに歳月が経っているのに、お互いに

すぐ判った。


彼の名前は、曽根秀人。


……私が中学生の頃に好きだった人。


「良美さん、全然変わらないなぁ。

すぐに判ったよ。元気だった?」


…あの頃のままの優しい眼差し、穏やかな口調。

時がタイムスリップする。


……そう、この笑顔が大好きだった。

今は髪に少し白いものがあるけれど、上品に

歳を重ねたのがわかる。

今日は白いポロシャツ、テーパードのきいたプリーツパンツに、グッチのビットローファーを履いて、素敵に着こなしている。


………はっ!!

私は焦った。

今の私はジョギング姿で、日焼け止め以外

化粧もしていない。

大丈夫、大丈夫と、心で唱える。


「ありがとう、元気よ」

良美は、はにかみながら微笑んだ。


「秀人さんも変わらないわ。

でも、こんな平日のこの時間にどうして此処へ?」


「なんとなく…。ほら僕達の学校が近くだろ?懐かしくなったのもあるかな」


ふと、良美の脳裏に、秀人との間で起こった思い出が、閃光の如く鮮やかに蘇った。

男女問わず、こんな淡い思い出のひとつやふたつ、胸に手を当てればあるだろう。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

真夏の雪虫 @Sumiyoshi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る