真夏の雪虫
@Sumiyoshi
第1話 雪が降る
スタート位置に私は立つ。
今年は、オリンピックであったので、私も流行にのったのかもしれない。
テレビで輝くばかりの笑顔を見せる彼らに触発されたのだ。
ジョギングからスタートする事にした。
独りでも始められる気軽さがよいと思ったのだが
果たして継続できるであろうか。
ギラギラとした太陽が、街中を照らす。
今年の夏も異常気象で、連日のように、
観測史上最高気温を更新している。
「行ってきまーす」
台所で早目の夕御飯の支度を始めた母に聞こえるよう、大きな声で叫んだ。
頭のなかでパンという火薬音が鳴る。
私のスタートの合図だ。
今日のゴール目掛けて、軽やかにダッシュする。
全身から幾筋も流れてくる汗。
剥き出しになった肌が、火傷しそうな位、熱い。
着ているウェアもびしゃびしゃだ。
星野良美は、今日もジョギングをしていた。
こんな日は、熱中症は勿論の事、走るペースもダウンしがちだ。
片耳だけイヤホンをして、アップテンポの曲をかけながら走ると、不思議と疲れが和らいでいく。
IPSの山中教授は、マラソンの練習の時にビリー・ジョエルの「プレッシャー」をかけるらしい。
かなり特徴のある曲で、ストイックに走りたい人には向いている。
私は、リズムの良い、Zeddの「beautiful now」などをかけて走るのが好きだ。
大会に向けてモチベーションをあげて練習するのが常だから、目標のない走りは、だらけてしまいがちだ。
身体が鈍ることを恐れ、時間のある時は、短い距離でも走ることにしていた。
今日のランニングシューズは、新調したNIKEのエアズームペガサス37だ。
評判に違わず、とても走りやすい。サイドのカラーもお気に入りだ。
私のすんでいる街は、古い町並みなので、どうしても道路が細くうねっているので、走りにくい。
白線の中を走っていても、大きな車が通り過ぎる時は、よくヒヤリとした。
車通りの多い下り坂をするりと走り抜け、大きな通りに出ると、綺麗に舗装されたフラットな歩道が続いている。
人や自転車が行き交う歩道なので、ぶつからないように気を遣う。
しばらく真っ直ぐの道を走ると、右手に
朱色の大きな鳥居がそびえ立つ。
……いつ見ても、圧巻だなぁ。
化粧直しの時は、大がかりになるだろうな。
大河ドラマにも出たことのある戦国武将が創建した、地元では有名な神社だ。
この神社で執り行われる『松焚祭』(まつたき祭り~どんと祭)は全国的にも知られており、裸参りも行われる。
御社殿も安土桃山時代の華やかさを感じさせる鮮やかな色彩だ。
良美のお気に入りパワースポットでもある。
鳥居をくぐると目の前には、かなり高いところまで続く階段だ。
御社殿までの登り階段は、数えた事はないが、100段くらいはあろうか。
歩いて登るのさえ、慣れないと息があがってしまう。
ここを走って登るのだ。
いつも走り慣れているとはいえ、この階段は気を付けないといけない。
呼吸を整え、良美が階段を数段登った時である。
小さな何かが目の前を横切った。
……雪虫だ。
「まさか」
良美は、思わず声に出して驚いた。
まさかこんな真夏に。
雪虫は、雪が降る間近に、冬の訪れを知らせに舞い降りてくる、綿のような可愛い虫だ。
普通なら、こんな真夏に出会えるはずがない。
…見間違い? いや、確かに雪虫だった。
異常気象のせいか、それとも気紛れに出てきたのか。
良美は、雪虫をみて少しご機嫌になった。
……それは、雪虫の謂われを知っていたから。
雪虫は、天使なのだ。
この季節に出てくるのだから、余程大切なメッセージを伝えたいのだろう。
……どんな意味があったかな。
後で調べようっと。
良美は、再び呼吸を整え、階段を登った。
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