第2話(1/2) 「一思いにいきましょうか」とはなんの事ですか?


 首都、玉園は信じられないほど賑やかで街ゆく人々はみんな華やかな身なりをしていた。

いい香りも漂っているし、どこからかずっと音楽が流れている。


 白蘭さんの後について大きな広場の前を通りがかった時、そこに集まっていた人たちが突然大きな歓声を上げた。


「え? 白蘭さん、何か始まるの?」

「今日の礼拝をしに四神様達が通りかかるのよ」


 広場の奥に続く大きな階段を上がった先に金色の屋根がついた大きな建物がある。

あれが宮殿だ。


 宮殿の奥に行けば麒麟と神獣しか入ってはいけない桃源郷が広がっていると聞いたことがある。


 その目の前を、色とりどりの旗を持ったお役人が横切った。

その後に続いて出てきたのが銀色の髪の青年、緑の髪の青年、青い髪の青年の三人。


「今のが白虎様、青龍様、玄武様ね」


 と白蘭さんは説明してくれた。

人だかりはますます盛り上がり、みんな思い思いに声をかけている。


「きゃーっ! 今日も麗しいわー!」

「ありがたや、ありがたやぁ……!」


 三人の神獣方は広場の方を見て軽く手を振ったり会釈をして通り過ぎて行った。

それから少し遅れて、赤い髪をゆるく一つに結んだ美しい青年が出てくる。


「あっ!? す、朱雀様!! 白蘭さん、朱雀様がき、来た!!」

「焦りすぎよ」


 朱雀様はなんの装飾もない質素な漢服に身を包んでいるけれど、それがむしろ品良く見える。

十年越しに姿を目にすると思ったより感動してしまって、開いた口を閉じられなかった。


 昔と変わらないお姿!!


「朱雀様ー! 素敵だわー!」

「我らをお守りくださいませー!!」

「ばんさーい!!」


 拍手が沸き起こっている。

朱雀様は広場に正面を向いて立ち止まると、深くお辞儀をしてから微笑んだ。


「皆さん……歓声をありがとうございます……見送りも最後まで残ってくれていて……こんな私なんかのために……ふふ……。期待に添えるよう必ず力を尽くします……では……」


 彼の目は死んでいた。


 ええええ!! 朱雀様めっちゃ病んでるな!?!?


「こうしちゃいられないよ! 早く白蘭さんの家に行こうよ!」

「え? ええ、そうね?」


 気を食べていないという事態は思ったより深刻なようだ。

私は焦って白蘭さんの家があるという方に向かって走る。


 白蘭さんの家は、閑静な街外れにあった。


 飾りのない質素な建物だけれど貴族の屋敷と呼べるに相応しい大きさだ。


 でも、使用人はいない。

家族の姿は……。


「白蘭、やっと帰ったぁ!!」


 走り方にたどたどしさが残る小さな女の子が部屋の中から駆けてきた。

幼いながらに顔立ちが美しく、白蘭さんの妹だと言う事が分かる。


 白蘭さんは嬉しそうに女の子を抱え上げた。


「ただいま、怖くなかった?」

「うん! おばちゃんがいたから大丈夫なの!」

「ふふ、良い子だね」


 白蘭さんは女の子を抱き締めると優しく地面に下ろして私と向かい合うように立たせた。


「この子は妹の木蓮よ」

「よろしく、私は宝珠だよ!」

「よろしくお願いしますっ」

「上手にご挨拶できたね。じゃあ木蓮、部屋に戻っといで」

「はーい」


 木蓮ちゃんは走りながら元いた部屋に戻っていく。

部屋からはご婦人の声が聞こえていた。


「去年母が病で亡くなって二人暮らしなのよ。近所の人に助けてもらってなんとか暮らしてるの」

「そうなんだ。じゃあ木蓮ちゃんも後宮に連れて行くんだね」

「……」


 白蘭さんは答える代わりにニコリと笑った。


「明朝お役人がこの家まで迎えに来るわ。準備があるから明け方には起きてね」

「うん、分かった!」


 白蘭さんは元気よく返事をする私に微笑んだ。


「では宝珠、食事は済ませてきたことだし今日はもう休みましょう。部屋はそこを使ってね」

「ありがとう!」


 白蘭さんに案内されたのは小さな客間。

部屋の隅に布団がひと組置いてあった。

五日間歩きっぱなしだったし、明日のために今日はもう寝てしまおう。


 髪を解いて布団に入る。

そして目覚めたのは窓に朝日が差し込んできた頃。


 目の前に白蘭さんがいて、私は驚きのあまり飛び起きた。


「うわぁ!?」

「おはよう、良い天気ね! 湯を張ってあるからまずは体を清めてきて!」

「え? 私が?」

「ええ、何か問題でも!?」

「え、え……?」


 とりあえず白蘭さんの迫力に流されるように湯殿に行ってみると、花が敷き詰められた湯船が用意されていた。

床が濡れていないので一番風呂だということが分かる。


 いや、これって私が入るのおかしいよね……?


 と思っているのが分かったのか、白蘭さんが後ろから肩を叩いてきた。


「宝珠、考えたら負けよ!」

「何の勝負!?」


 それからは全てが嵐のように過ぎ去った。

白蘭さんによって髪も肌も爪もぴかぴかに磨かれ、淡い桃色の綺麗な漢服を着付けられ、髪を結って化粧を施されてーー。


 今、庭に立たされている。


 なんで……?


「花の盛りで良かったわ、簪までは用意できなかったから」


 そう言って白蘭さんは庭先の芍薬を採って私の髪に刺した。

その顔は満足げだ。


「良かった、宝珠ってこうして見れば目はクリッとしていて頬はもちもちで案外可愛いわね!」

「いや、えっと、あの……これは一体何が起き」

「考えたら負けよ」


 白蘭さんは笑顔だ。


 その時、一本道の先に仰々しい輿を担いだ人たちが見えた。

きっとあれが白蘭さんが言っていたお役人さんだ。

でも白蘭さんはまだ着替えを済ませていない。


「え!? 白蘭さん、もう迎えが来ちゃったよ!? どうするの!?」

「……悪い宝珠。実は俺、男なんだ。だから後宮には行けない」


 白蘭さんは何の脈絡もなく打ち明けた。


 口調が全然違う。

私は目をかっ開きながらゆっくり白蘭さんを見上げた。

驚きすぎて声は出ない。


 ていうか、お風呂ーー。


「まぁ、この美貌だったら間違うのも無理ないよな」

「そっ、そう、だ!? ね!?」

「天命を受けた後、お役人にも事実を伝えたんだ。そしたら何て言われたと思う?」


 ”それでは俺の首が飛ぶ! お前は妹がいるな? ならば妹をよこせ、妹も美しいのだろう!”


「そんなの許容できる訳ない。木蓮はまだ四歳だし」

「え!? つまり身寄りのない私は木蓮ちゃんの身代わりになるのに好都合ってこと!?」

「うん。察しがよくて助かる」


 騙された。

給金がもらえず困るどころの話じゃなかった。


「いやいやいやいや!! 無理だよ四歳には見えないじゃん!」

「大丈夫だよ、木蓮の顔も年も名前も割れてないから」

「そういう問題かな!?」

「無茶なことを言ってるのは分かってる。でも母さんを失ったばかりなんだ。木蓮の事を思うと……。申し訳ない」


 白蘭さんは顔が見えないほど頭を下げた。

ぎゅっと握った手が震えているのを見たら何も言えなくなってしまう。


 私にも分かる。

木蓮ちゃんはまだあんなに小さいんだから、家族の愛が必要なはずだ。


 ……できるなら助けてあげたい。

対価がなくとも困っている人がいれば助けるという村の教えも守りたい。


 けど、失うものが大きいし私が行ったところで朱雀様は元気にならないよ!?

ど、どうする!?


 道の先に目を向ける。

輿はもうすぐそこまで来ている。


 全部を飲み込むようにぎゅっと目を閉じた。


 えーい、なるようになる!!

仙龍山の民は、お人好しすぎるくらいで丁度良いんだ!


「分かった、引き受けるよ! だいたい、朱雀様が私を見たら美しくないって帰されるだろうしね!」

「宝珠……ありがとう」


 白蘭さんは泣きそうな顔をした。

見計らったように輿が庭先に到着する。


 白蘭さんは私の背にそっと触れた。


「あんたは十分綺麗だよ。美しいっていうのはさ、見目の良さだけじゃないから」


 振り返った時、白蘭さんは朝日を背に浴びえていてより一層美人に見えた。

覚悟を決めるように肩に下ろしていた薄布を頭に被る。


「雪家の娘だな? 乗れ」


 輿に入り窓から外を見た。

姿が見えなくなるまで白蘭さんは私を見送ってくれていた。


 宮殿へ着けば、輿は中庭を通り赤い建物の中へ入っていく。

外は宮中で働いている人達で賑やかだったけれど、中に入ればぱたりと人の気配がなくなった。


 廊下を進み、美しい鳥の絵が描かれた扉にたどり着く。

お役人は息を整えてから扉を数回叩いた。


「朱雀様、以前お話ししていた新しい女人をお連れしました。雪家の娘です。お目通り願えますか」

「……入ってください」

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