今日も君を食べるだけ。

nika

第1話 依頼人は美女ですが、数日後に美女でなくなりました


 ーーそれは、史上最悪とも言われるほど大きな厄災だった。


 ずっとずっと小さかった頃のこと。

火山から流れ出た溶岩が村ごと飲み込んで、灰が降る中みんなは逃げ惑っていた。


 私は村で一番強いからみんなを助けようとしたけど、お父さんとお母さんはとにかく逃げろと叫んだ。


 気づいた時にはもう誰もいない。

溶岩は私の足にも手を伸ばす。


 死ぬ。


 怖くて背筋が凍ったその時。

赤い光でできた大きな鳥が私に覆いかぶさるように降り立った。


 一瞬にして溶岩は冷え固まり、赤い鳥は人に姿を変える。

それは赤い髪に赤い瞳の綺麗な青年だった。


「ごめんね、遅くなってしまった……。大丈夫?」


 雨音のような静かで心地いい声。

質問に無言で頷く。

青年はホッとしたように微笑むと、ぱたっと私の上に倒れ込んでしまった。


 ススのような匂いがするし、髪も少し焦げている。


 この人は誰?

さっきの鳥は見間違い?

どうやって溶岩を止めたの?


 混乱しているうちに、遠くから駆けてきた何人もの大人達に囲まれる。

話しぶりからして首都から来たお役人のようだった。


 そうか、助かったんだ。


 それが分かった瞬間、目から涙がたくさん溢れてくる。


「うわああ、怖かったよおぉ……!!」


 ーー私は村で唯一生き延びた。

あの時助けてくれたのが、厄災から国を守る神獣の一人、朱雀様であるということを知ったのは大人になってからのことだった。



***



「宝珠ー! どこにいるんだー!」


 ある日の昼下がり。

今日は用心棒の仕事もないので木に登って昼寝をしていたら近所のおじさんの慌ただしい声が聞こえた。


 それがただ事ではない様子だったので、すぐに木から飛び降りる。


「おじさん、どうしたのー?」

「ああ、そんなところに居たのか。見えなかったよ。今日も小さいな宝珠は」


 おじさんに悪気はない。

それに私が小さいのは事実だ。


「う……、うん。それで?」

「それがな、商店通りで揉め事が起きてるようなんだ」

「分かった! 行ってくるね!」


 下ろしていた薄茶の髪を結びながら走り出す。

対価がなくとも困っている人がいれば助けること。

これは私の故郷での決まり事だ。


 故郷の仙龍山は史上最悪の大噴火で滅んでしまったけれど、私は今も生きている。

だからその信念を貫きたいんだ。


 町外れから商店通りへと走っていくと、おじさんの言っていた揉めごとはすぐに分かった。


 大通りに人だかりができている。

それをかき分けて前に出ると、筋肉質で大柄な男が背の高い女性の腕を掴んているのが目に入った。


 あれは横暴で話が通じない肉屋の息子だ。


 絡まれている女性は上品な漢服を着ていて、髪も目も珍しい銀色、肌もつややかでこんな田舎になぜいるのだろうと思ってしまうほどの美貌だった。


「げっへへ、うへへ、えらいべっぴんだなぁ。俺の嫁にしてやろうか?」

「や、やめて! 私は人を探していて……」

「それって俺のことだろ〜?」

「そんな訳ないだろ!」


 ツッコミを入れながら強く地面を蹴る。

人だかりを飛び越えて、肉屋の息子の腕に踵落としを食らわせた。


「いでぇ!?」


 怯んだ隙に女性を救出。

肉屋の息子がこちらに向かって突進してきたので、すぐに体制を整える。

揃えた二本指を口元と頭上に掲げる独特の構え。

仙龍拳法だ。


 肉屋の息子も拳を私に向けた。


「このチンチクリンがー!!」

「成敗ー!!」


 すれ違いざまに交わる私の拳と肉屋の息子の拳。

勝ったのはもちろん私だ。


 肉屋の息子が地面に倒れると歓声が上がった。


「大丈夫?」


 拍手を浴びながら女性の前にしゃがむ。

すると女性はものすごい勢いと形相で私の腕を掴んできた。


「あなた、結婚してる!?」

「し、してないけど!?」


 何この人!?


「そうよね、まだ子どもみたいだし」

「えっと……一応十七歳だよ……」

「え? あらあら、それはごめんなさいね。ところでさっきの武術を見るにあなたは今は亡き仙龍山の生き残りではなくて?」


 口を挟む隙がないほどの勢いで女性は喋った。

物知りな事に驚きつつ、仙龍山の名前が他人から出た事に嬉しくなる。


「すごい、よく気づいたね?」

「私、死に物狂いで探していたの。あなたのような身寄りのなーー。いえいえ、えーと、強い女の子を探していたのよ!」


 今、途中で何か不穏な言葉が挟まりかけた気がする。

それに取ってつけたような理由。

怪しい。


 よく考えればこの女性、身なりが良いのに護衛の一人も連れていない。

怪しすぎる。

でも……。


「私は宝珠っていうんだ! 困ってるみたいだし話を聞くよ!」

「本当!? 良かった、助かるわ!」


 つい面倒ごとに首を突っ込んでしまうのは仙龍山の民の性分だった。


 一先ず女性を茶屋の個室に案内すると、彼女は人の気配を気にしてから小さな声で「実は……」とある書状を差し出した。


 書状には黄金の飾り紐がついている。

その輝きを見れば、それが麒麟の立髪を紡いで作ったものだとすぐに分かった。


 この国は麒麟という神によって治められている。

麒麟は漆黒の鱗で体を覆った馬のような姿をしていて、頭には黄金の立髪と角が生えているそうだ。


 麒麟の体の一部をもらった、つまり彼女は天命を受けたーー。


「私は雪白蘭と申します。没落寸前の貴族の端くれなのだけど、近々朱雀様の後宮に入る事になって」

「そうなの!? すごい、おめでとう!」


 朱雀様の名前が出て自分のことのように嬉しくなる。

朱雀様は幼い私を助けてくれたように厄災から人々を守る神獣のうちの一人。


 神である麒麟は、火の厄災を防ぐ朱雀様、水の厄災を防ぐ青龍様、天候の厄災を防ぐ白虎様、地の厄災を防ぐ玄武様の四人を飼い慣らしている。


 神獣からの指名でなく天命で後宮に呼ばれるなんて、きっとすごく名誉なことだろう。


 けれど白蘭さんは顔を曇らせていた。


「いやいやあなた、後宮がどんなところかご存知かしら?」

「え? 神獣様の身の回りのお世話をするところ?」

「それもそうなんだけど、そうでなくて!」


 首を傾げると、白蘭さんは気分を落ち着けるように深呼吸をした。


「確かに、貴族でなければ詳しく知らないかもしれないわね」

「はぁ……」


 白蘭さんは話し始める。

神獣は普段は人の形をしていても実態は人にあらず。

何を食べて生きているかというと”人の気”だそうだ。


 もっと詳しく言えば美しい女性の気。

美と味は比例しているらしい。

しかし気とは魂のようなもので、食われすぎれば干からびて死んでしまうのだとか。


 後宮にいる女性たちは”食べられる”という役割も担っているそうだ。


「魂を食うなんて恐ろしいと思わない?」

「でも、朱雀様は穏やかで品があって誰もが憧れる存在だって聞いてるよ? 死ぬようなことにはならないんじゃ?」

「だとしてもそのような所へは……」


 白蘭さんはそこで喋るのをやめた。

沈黙が落ちて、白蘭さんが乗り気でないことを察する。


「断れないんだ……?」

「お役人に逆らえる空気ではなかったのよ。こんなしがない貴族にまでお達しが来るほど、朱雀様は弱っているのでしょうね」

「え!? 朱雀様、病気なの!?」


 思わず席を立つと、白蘭さんは辺りを気にするようにぎょっとして首を横に振った。


「いえ、そうじゃないわ。理由は分からないけれど、もう十年ほど気を食べていらっしゃらないそうよ」

「ええ!?」


 十年何も食べなくても生きていられる事に驚くと共に、なんとなく全貌を察する。


「ああ、そっか。朱雀様の食欲がそそられるような美人をお役人達が集めてるってこと?」

「へぇ? 意外と賢いわね」


 意外とって……。


「そこで、ええと、あなたは侍女という柄ではないし……。そう、私は護衛が欲しいのよ!」

「なるほど……?」

「給金ははずむわ。お願い、どうか引き受けてくれないかしら?」


 書状は偽物ではないはずだけれど、白蘭さんの怪しさが拭いきれない。


 ここまで来るのに護衛を雇うお金もなくて給金がはずむ訳がないし……。

あ、もしかして?


 とひらめく。


 白蘭さんは没落寸前の貴族と言っていたし、お付きの者がいない。

けれど一人で行くのが心細くて誰でもいいから付いてきてほしいんだ。


 身寄りがない子がどうとか言っていたのは、後宮に連れて行くことで家族と離れ離れにならない人。ということなのかもしれない。


 それなら困ることがあるとすればお金がもらえないことくらいか。

でも、こんな庶民が後宮へ行くのは気が引けるよなぁ……。


「どう!? だめかしら!?」


 白蘭さんは泣きそうになっていた。

潤んだ目で必死に訴えてくる様が美しくて思わずドキドキしてしまう。


 確かに、白蘭さんの気は美味しそうだ。

いや、私には気とか分かんないけどなんとなくそう感じる。


 朱雀様は十年何も食べていない。


 さっき知ったことが頭の中に浮かんだ。


「うん、分かった! そういうことなら引き受けるよ!」

「ほ、本当に!?」


 私は朱雀様に命を救ってもらった。

だから朱雀様に恩返しができればと思ったのだ。


 私の返事を聞いて白蘭さんは心底ほっとしたようだった。


「では早速私の家に帰って準備に取り掛かりましょう! 首都まで行くから数日歩くけれどあなたなら平気そうね」

「うん、大丈夫! 体力には自信あるよ!」

「素晴らしいわ、いざ!」


 白蘭さんは勢い勇んで立ち上がる。

でも、お店を出る間際にはたと立ち止まって、後ろにいる私を振り返った。


 そして、なぜか上から下までじっと見つめてくる。

彼女は直近で見れば意外と体格が良く、背も高いので威圧感があった。


「ど、どうしたの?」

「少し子どもっぽいけど……。まぁ、磨けば光るか」


 白蘭さんが何か呟く。

でも声が小さくて良く聞き取れなかった。


「え? 今なんて言ってた?」

「いえ、こちらの話よ。行きましょう!」

「う、うん?」


 白蘭さんの家に着いたのはそれから五日後のことだった。


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