第19話 多重影分身の術とナギナギの実
わたしたち四人だけの、MV(ミュージックビデオ)作り。
今のわたしの役割は『現場監督』です。
まずは、まつりちゃんの家に行って、イラスト作成の進捗状況を確認します。
ちなみにMVの内容は、今、小学校で人気の楽曲の『歌ってみた動画』に決定しました。
本当はオリジナル楽曲、『オリソン』を作成したかったんだけど、一から楽曲を作成するのは、かなりハードルが高いみたい。それは、そうだよね……。
だから、実在の曲をてんこちゃんがカバーして歌う、『歌ってみた動画』という現実的な所に落ち着きました。
歌う曲はてんこちゃんが決めて、まつりちゃんはその楽曲の元のMVを元に、てんこちゃんバージョンのイラストを描いてもらっています。
「まつりちゃん、書けている?」
わたしは、まつりちゃんの家のリビングの扉を開けました。そこには。
「ええーっ、まつりちゃんが四人もいる!?」
丸いちゃぶ台に二人、二つのミカン箱にそれぞれ二人、計四人のまつりちゃんが、タブレットでイラストを描いていました。
「「あっ、ゆいちゃん、いま頑張ってイラストを描いているポコね(よ)!」」
「四人中、二人同時にしゃべらないでよっ! 微妙にハモっていて、頭か混乱するよー」
「ごめんポコ! 次は気を付けるポコね」
ちゃぶ台で作業していた、まつりちゃん(A)が、改めて謝ってきました。
「それにしてもまつりちゃんって、『分身』も出来たんだ。すごい……」
「これぐらいは、簡単ポコね!」
わたし、一つ疑問がわきました。
「まつり先生、質問ー! 五人以上には、分身できないんですか?」
「で、できるには、できるポコだけど……」
まつりちゃん(A)は、タブレットのペンを動かすのを止めて、口ごもりつつ答えます。
「五人以上の分身を作ると、一人は遊び始めるんだポコ……」
「そうなの?」
「一人遊び始めると、ずるいってことで、周りも喧嘩しちゃうんだポコ……」
そ、そうなんだ……。
「だから今のアタシの力だと、四人が限界ポコね!」
「四人でも十分にすごいよ! だって、完成時間が四分の一ってことだし!」
イラストを描くのに、すごく時間がかかることは知っているよ。だからまつりちゃんには、すぐに作業に取りかかってもらったの。遅れたりするかもしれないと思って。
でも、杞憂(きゆう)だったみたいだね。
「ゆいちゃんにそう言われると、照れるポコね……」
わたしの、まつりちゃんを褒める言葉に、四人の手はピタッと止まっていました。
「あ……」
イラスト作成の現場からは以上です!
むしろ、わたしがいる方が、作業が止まっちゃうよ! 次にいくよー!
* * *
次の現場は、てんこちゃんの家。
イラスト作成と平行して、『歌ってみた動画』のレコーディングを行ってもらっています。
「てんこちゃん、作業は進んでいるー?」
わたしは、いつもてんこちゃんがいる、リビングの扉を開けようとします。しかし。
「あれ、開かないよ! てんこちゃーん!」
わたしは何度も、てんこちゃんの名前を呼びます。
部屋には、確かにてんこちゃんがいる気配がするのに、扉を閉ざして、中から出てこようとしません。ど、どうしてだろう……。
わたしが、部屋の前で途方に暮れていると、急に扉が開きました。
てんこちゃんが、わたしの姿を見て、びっくりしています。
「あれ、ゆいかちゃん! いつ来ていたんだコーン?」
「いつ来ていたって、ずっと叫んでいたんだよっ!」
「ごめんだコン。実はさっきまでレコーディング中で、防音の結界を張っていたんだコン」
「えっ、そうだったの?」
「だから、ゆいかちゃんの声が、全く聞こえなかったんだコン」
そういえば、アーティストさんがレコーディングするとき、ガラス張りの部屋の中で歌っていたりするよね。
今のてんこちゃんの姿を見ると、いつもの着物を着ていて、アーティスト感はないものの、耳には黒いヘッドホンを付けていました。
ってあれ? てんこちゃんも、わたしたちと同じ位置に、ヘッドホンを付けている……。
てんこちゃんの耳って、頭の上にある、白い二つの大きな耳じゃないの?
……ううん、細かいことは、あまり考えない方が良さそうな気がする。
とりあえず、ヘッドホンを付けたてんこちゃんは、おしゃれでカッコイイかも!
そして、わたしはまた、邪魔をしてしまったみたい。
「あと少しで、音源は取り終わるコーン」
「頑張ってね!」
「〈まつり〉のイラストに負けないように、ボクも頑張るコーン!」
お互いにライバル関係なことが、良い方に働いているみたいだね。
でも、不思議なことに、最初はやっぱり二人とも反発していたの。
それこそ、ことあるごとに、お互いの文句を言い合っていたの。
でも、作業の途中から、それがパタッと止んだんだよね。
二人の心境の変化に、いったいなにがあったんだろう……。
「ゆいかちゃん、これからサビの部分を収録するコン。バックコーラスを手伝ってほしいコン!」
「わ、わたしなんかでいいの?」
「もちろんだコン!」
レコーディングも問題ないみたい。こちらの現場からも以上です!
* * *
そして、最後はかなでちゃん。
まつりちゃんの家に戻って、てんこちゃんの歌声の音源を元に、楽曲の編集をしてくれています。
念願だった初仕事。だけど、色々と苦戦しているみたい……。
「ゆいかごめん。時間がかかっていて」
「ううん、気にしていないよ」
かなでちゃんの手元には、【ポコPad】とキーボード。
【ポコPad】の画面には、横のグラフがたくさん映っています。すごく難しいことをしているのが、わたしでも分かりました。
かなでちゃんは、今回のような大仕事は初めてだから、分からないところはお父さんにも聞いたりして、少しずつ頑張っているみたい。
わたしは、初めての挑戦が大変なことは知っている。
だから、気長に待つつもりだよ。それに。
「ゆいかが持ってきてくれた、私の初めての仕事。絶対に良い物にしてみせるから」
「うんっ! かなでちゃんなら、絶対にできるよ!」
わたしの一番の友達、かなでちゃんはすごいんだからっ!
そして、わたしは別の部屋で、音源とイラストが完成したところから、動画の編集を開始! てんこちゃんの家から持ってきたノートパソコン、【コンコンコンピューター】の画面を開きます。
わたしは素人だけど……、【妖狐術】のサポートもあって、なんとか形になっているみたい。動画編集も、ちょっと時間がかかっているけど、ちょちょいのちょいだよ!
「わたしも、みんなに負けてられないよっ!」
そして、数日が経ち、わたしたちは作業を続け、ついに……。
「で、できたっ!」
わたしのパソコンの画面の中には、一つの動画ファイルが出来上がっていました。
「四人の技術の結晶、『歌ってみた動画』のMVが完成したよっ!!!」
MVはついに完成したのでした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます