第3章 九条かなで編
第15話 SOS LIMIT
わたし、近衛ゆいか、小学五年生。
新人VTuber、【ゆいか】(姿によって名字が変わるよ!)としても活動中。
ある時には、【白雪てんこ】ちゃんとコラボ。
またある時には、【分福まつり】ちゃんとコラボ。
活動はすごく、順調!
……というわけにはいかず、最近は、あることに悩まされています。
これは金曜日の、今日の朝の出来事。
* * *
「ゆいかちゃん、おはようだコン!」
「ゆいちゃん、おはようだポコね!」
通学路に立ち塞がる、二人の〈獣人〉の女の子。
「てんこちゃんとまつりちゃん、二人して、なんでわたしを待ち伏せしているのっ!?」
「明日は、ボクとコラボをするコン!」
「違うポコ。明日はアタシとコラボするべきだポコ!」
「そんなことを聞くために、朝早くからここにいたの!?」
二人の大人気VTuberからの熱烈なアプローチ。
もしかして、わたしにモテ期の到来!?
二人ともイケメンじゃなくて、女の子なんだけど……。
「どっちとコラボするかは、あとで決めるからっ! 今は急がないと、かなでちゃんとの待ち合わせの十字路に遅れちゃうよ!」
「ちょっと、待つコーン」
「ゆいちゃん、待つポコー!」
* * *
今朝の出来事、回想終わり!
つまり、今わたしは、てんこちゃんとまつりちゃん、明日どちらとコラボするか迷っています。本当は土曜日と日曜日に、一回ずつコラボできればいいんだけど、家族とのお出かけとかで、休みの日に二回配信できるとは限らないからね。そうなると、コラボできる回数にばらつきがでちゃうの。
特にてんこちゃんは、まつりちゃんが現れるまで、毎回コラボしていたから、不満が爆発中。その結果、二人は毎回大喧嘩。わたしは止めるのに必死。
いち早く、わたしとのコラボの約束を取り付けるために、今朝みたいに、通学路で待ち伏せしているときもありました。
(なんとかしないと、まずいよね……)
本当は二人には、仲良くしてほしいんだけど。
できれば、わたしは、三人でコラボしたいんだけど。
なにか良い方法はないのかな……?
そんなことを、わたしが授業の休み時間に考えていると、クラスメイトの女の子たちの声が耳に入ってきます。
「ねえ、あのMV見た?」
「見たよー。すごいよね。もう1000万再生だって!」
「クオリティが高いから、当然だよねー!」
アーティストとしても有名な、大人気VTuberの話だった。
わたしはVTuberに詳しいから、その人のことはもちろん知っているよ。
この前に出したMVも……。
「そうだ、その手があったよっ!」
わたしは大声を出して、席から立ち上がります。
「ゆいかちゃん!?」
「いきなり、どうかしたの?」
そして、クラスメイトからは、白い目で見られました……。
「あ、いや、ちょっと悩み事が解決して……」
「もう、びっくりさせないでよー!」
「ごめん、ごめん」
クラスメイトの女の子たちは、元のVTuberの話に戻っていきました。
あまりにも嬉しすぎて、飛び跳ねちゃったよ。次は気を付けなきゃ。
気を取り直して、わたしが今思いついたこと。てんこちゃんとまつりちゃんの、仲直り作戦を発表します。
それはずばり、MV(ミュージックビデオ)作りです!
MV(ミュージックビデオ)とは、アーティストが新曲を出したときに、宣伝目的で作られる映像のこと。最近では、VTuberが『新曲』や『歌ってみた動画』を出したときに、歌とともに流れる、アニメやイラストのことを指したりもするよ。
わたし、見落としていたよ。
てんこちゃんは歌が上手い。まつりちゃんはイラストが上手い。
だったら、その二人が協力してMVを作れば、きっと上手くいくはず。
そして、そのMVがたくさん再生されれば、チャンネルの収益で二人はもっと美味しいものが食べられて、さらに協力するようになるわけ!
いつの間にか二人は、仲が良い存在に。ぐふふ!
え? 歌とイラストが用意できても、その二つの素材を編集できる人がいない?
ノンノンノン! 策士ゆいかちゃんは、編集や編曲できる人のツテを知っています。
それはなんと、友達のかなでちゃん……のお父さん。
かなでちゃんのお父さんは、有名なVTuberの『歌ってみた動画』の編曲をしているし、きっと知り合いには、動画編集ができる人もいるはずだよ!
そうと決まれば、早速行動! まずはかなでちゃんに、相談しないと!
わたしは、後ろの席にいるかなでちゃんに、計画を持ちかけます。
「かなでちゃん! ちょっと相談したいことがあるんだけどっ!」
「ゆいか、大声でなに」
かなでちゃんは、体をビクッとさせていました。
「ごめん……。その、わたしの知り合いに、歌とイラストが上手い人がそれぞれいるんだけど……」
「最近ゆいかが、休みの日に仲良くしている人?」
「そう、そんな感じの人!」
ううっ、大人気VTuberの【白雪てんこ】ちゃんと【分福まつり】ちゃんだって、かなでちゃんに直接説明できないよ。
それに、二人は〈獣人〉だし、やっぱり正体はぼかさないと良くないよね……。
わたしは色々と言葉を選びつつ、かなでちゃんの協力を取り付けようとします。
「その二人の歌とイラストを使った、MVを作りたいかなーって」
「あ……」
「だから、かなでちゃんのお父さんに、それを手伝ってもらえないかなーって」
「私じゃなくて、パパに……」
「うん!」
わたしは大きくうなずきます。
きっとかなでちゃんなら、上手くお父さんに説明して、協力を取り付けてくれるはずだよ。だって、わたしより頭が良いんだもん。
しかし、かなでちゃんから返ってきたのは、予想外の反応でした。
「私じゃだめなんだ……」
「えっ……」
普段は落ち着いていて、淡々と話をするかなでちゃん。表情が少し読み取りにくくて、クラスメイトからは、冷たいって思われることもあって。
でも、私はずっと友達だから知っているの。
本当は、すごく優しい子なんだって。
だから、わたしは驚いたの。
冷たくて、震える声。顔は少しだけ赤くなっている。
ずっと友達だったからこそ、分かったの。今の感情が。
かなでちゃんは、わたしにすごく怒っていた。
「そ、そんなことはないよ。でも……」
「ゆいかはいいよね、夢に向かって突き進んでいて」
「あっ」
「私は、なにもできていない」
かなでちゃん、なにを言っているの。
「そんなことないよ! かなでちゃんもギターとか弾いていて、わたしはすごいと思うよ!」
そうだよ、将来なりたい職業のプリントに、ギターを弾いているって書いていたよね。
「それにお父さんに、音楽のソフトの使い方を教わっているって書いていたよね?」
「でも、まだなにも、形にできていない」
そして、わたしが、一番恐れていた事態が起きたのでした。
「私は、ゆいかとは違うよ!!!」
教室に響き渡る、かなでちゃんの怒鳴り声。
クラスメイトが一斉に、わたしたちの方へと注目します。
わたしは、どうすることもできません。
かなでちゃんに、なんて言葉を返していいのか……。
最後に、かなでちゃんが、静かに一言だけ付け加えてきます。
「ゆいか、ごめん……」
そこで休み時間終了のチャイムが鳴り、静まりかえった教室に先生が入ってきました。
す、少し言い争いになっただけだよね……。喧嘩なんかしていないよ……。
今日の授業が終わったら、いつも通り放課後は一緒に帰って、仲は元通りだよ!
しかし、わたしとかなでちゃんが一緒に帰ることは、その日ありませんでした。
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