第9話 令和のお揚げ騒動

「うっ……」

 深い眠りから、目を覚ましたわたしは、だんだんと意識が戻ってきます。

「っ!? そういえばわたし、女の子に襲われたんだった……。ここはどこ!?」

 拘束は……、されてないみたい。すぐに立ち上がり、周りを見渡します。

 目に映るのは、古い木造の家の中。レトロな時代の映画とかで見る、家の中そのものかな。少なくとも、現代の家ではあまり見ない光景。

 ってわたし、この家と同じような場所、最近よく出入りしているんだけど。

 大人気VTuber〈白雪てんこ〉ちゃんの家と、間取りと、置かれているものが少し違うだけだよ。てんこちゃんと同じ時代の人って言われても、すぐに納得しちゃうよ。

 それに、わたしを襲ってきた白いけむり、女の子は【古狸術(こりじゅつ)】って言っていた。【アヤカシの力】だって否定しなかったよ。

 女の子の頭からは、てんこちゃんと同じく人間にはないもの、『タヌキ』の耳が生えていたし。

 これまでの情報から、考えられる結論はただ一つ!

 どうやらわたしは、タヌキの〈獣人〉の女の子にさらわれたみたい。

 そして、その答え合わせをしてくれるかのように、タヌキの女の子が、隣の部屋から姿を現します。

「やっと、目覚めたポコね」

「やっぱり、〈獣人〉の女の子……」

 今回はフードを被っていなかったので、女の子の容姿がはっきりと確認できました。

 緑と白の着物を着た、年はわたしと同じくらいの女の子。

 だけど頭には、二つのタヌキの耳が生えています。

 とがったてんこちゃんの耳とは違う、丸くて茶色い可愛らしい耳。

 お尻からも、やっぱり大きな尻尾が生えています。

 これもてんこちゃんと違って、とがっているのではなく、先っぽが丸くなっていました。

 どこを、どう見ても〈獣人〉だよ! てんこちゃん以外にもいるなんて。

 それに今のところ、身の危険しか感じないよ。早くこの家から逃げ出さないと!

「おっとアタシから、逃げようとは思わないポコね! 手足は自由にしているポコだけど、結界でこの家からは出られないようにしているポコね!」

「う、ばれてる……」

「タヌキのアタシを、化かそうとはしないポコね!」

 攻撃的な〈獣人〉がいるなんて、聞いてないよ!

 でも、まだわたしは、何かされたわけではない。きっとこのタヌキの女の子は、なにか目的があって、わたしのことをさらったんだよ。それが分かれば、脱出できるかも!

「ど、どうしてわたしのことをさらったの? わたし、何も悪いことをしてないよ」

「嘘つくなポコっ!!! 最近、悪いことばかりしているポコよ!」

「ええっ!?」

 悪いことの心当たりなんて、全然ないよ。

 最近変わったことなんて、てんこちゃんと配信していることぐらいしか……。

「あ……」

 なんか急に心当たりが、思い浮かんできた気がする……。

「まずは、これを見るポコ!」

 タヌキの女の子は、自分の丸い大きな尻尾の中から、タブレット端末を取り出してきます。そしてその画面を、わたしに見せつけてきました。

 画面にはイラストで、縦棒のグラフが描かれていました。算数の授業で習ったやつ。

 あるいはお父さんが見ている、難しいニュース番組でよく見るやつかな。

 ちなみにだけど……、タブレット端末には、上にはタヌキの耳が、下には同じくタヌキの尻尾が付いていたの。でも、もう突っ込まないよ!

「これが化けキツネ、【白雪てんこチャンネル】の登録者数の推移だポコ!」

「あっ、右上にグラフが伸びている! 前は10万人だったのに、今は12万人もチャンネル登録者がいるんだ。すごい!」

「すごくないポコ! さらに、動画の再生数のグラフはこれポコ!」

「これ、ドラマやニュースとかでよく聞く、業績が右肩上がりってやつだよね? 一ヶ月前より、さらに動画が再生されるようになっているよ!」

「だから、すごくないポコ! イライラするポコ!」

 タヌキの女の子は、てんこちゃんが人気なことに、すごく不満があるみたい。

 丸くて茶色い尻尾が、さっきから逆立っているよ。

「【白雪てんこチャンネル】が好調な理由、知らないとは言わせないポコ!」

「えっ、あ……」

 てんこちゃんが、一ヶ月前から変わった理由って。

「もしかして、わたしとのコラボで、さらに伸びていたりするの?」

「そうポコ! なんてことをしてくれたポコね!」

「ええっ、伸びることは良いことだよね?」

「アタシにとっては、良くないポコっ!!!」

 もしかして、このタヌキの女の子は、てんこちゃんとライバル関係だったりするのかな。

 キツネとタヌキって仲が良くないって、どこかで聞いたことがあるよ。

「そして、【白雪てんこチャンネル】が伸びた結果が、これポコ!」

 さらにタヌキの女の子は、タブレット端末を突き出し、別の画像を見せつけてきます。

 今度は、グラフのイラストではなく、カメラで撮った鮮明な写真です。

 そこには、学校の近くの商店街で両手一杯のお揚げを買う、てんこちゃんの姿が映っていました。耳と尻尾を隠して、人間に化けたてんこちゃんは顔は、すごくやけています。

「最近〈てんこ〉は、チャンネルで得た収益で、スーパーや商店街の『お揚げ』を買い占めしているんだポコ!」

「ええっ!? てんこちゃんって、そんなことしていたの?」

 し、知らなかったよ。買い占めって、あんまり良くないことだった気が。

 てんこちゃんの別の一面を、見てしまった気がするよ。

 もしかして、タヌキの女の子は、てんこちゃんのこの行動を止めるために、わたしに警告を。わたしが知らないだけで、タヌキの女の子が正しくて、てんこちゃんが間違っているとか? それなら、わたし友達として、てんこちゃんのお揚げ買い占めを止めないと!

「アタシも〈てんこ〉みたいに、大好物の『天ぷら』を買い占めたいんだポコ! 〈てんこ〉ばかり美味しい思いをして、ずるいんだポコっ!!!」

「え……」

「『天ぷら』が買えず、衣(ころも)だけの『天かす』うどんを食べている、アタシの気持ちが分かるポコか? すごく、すごく、悔しいんだポコ!」

「そ、そうだったんだ……」

 まとめると、このタヌキの女の子は、てんこちゃんみたいに人気になって、大好物の『天ぷら』をお腹一杯食べたいみたい。

 なんだ、色々と考えて損したっ!!!

 どっちも自分が好きな食べ物を、たくさん買いたいだけじゃん!

 そんな理由で、わたしはさらわれたの? わたしだって、お小遣いの範囲以上のお菓子を買ったりしたいもん! って、あれ?

 大人気VTuberのてんこちゃんをライバルにしているってことは、もしかしてこのタヌキの女の子も、VTuberをしていたりするのかな?

 そういえば最近、タヌキの女の子のVTuberが、急に伸びていた気がするよ。

 わたしが色々と考えていた、そのときでした。

 急に家の外から、『ドカン!』と大きな物音がします。

 そして勢いよく、わたしたちがいる部屋の扉が開いて、別の女の子が入ってきます。

「ゆいかちゃん、助けにきたコーン!」

 それは紛れもなく、キツネの女の子、〈白雪てんこ〉ちゃんでした。

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