第2章 分福まつり編

第8話 テストで3点、防犯ブザーの使い方は満点

 わたし、近衛ゆいか、小学五年生。

 VTuber【白雪ゆいか】としても、活動中の女の子。

 今は夢に向かって突き進む、キラキラな女の子だよ!

 って、自己紹介はさておき。

 わたしとてんこちゃんが出会ってから、一ヶ月が過ぎようとしていました。

 わたしは、学校がお休みの土曜日と日曜日に、てんこちゃんとコラボ配信をしています。

 平日は学校があるし、なにより、わたしはまだ子供。限られた曜日にしか配信できないのは、しかたないよね。そこは、しっかりと理解しているつもり。

 でも、てんこちゃんとのコラボで、確実に夢に近づいていることは分かるよ。

 あと、てんこちゃんの配信から、学ぶことも多いんだ。

 それと、学校の勉強もがんばっているよ。とくに音楽、体育、そして図画工作。

 VTuberに関係があることは、特にこれから頑張っていくんだ。

 そんな、わたしの日常生活は、平和そのものでした。

 しかし、怪しい影が、わたしに迫っていたのです。

「あれが、最近〈てんこ〉と仲良くしている、〈人間〉の女の子だポコね……」

 そしてわたしは、大きな事件に巻き込まれてしまうのでした。


       * * *


「ゆいか、また来週」

「かなでちゃん、またねー」

 わたしは友達のかなでちゃんと、いつもの十字路で別れの挨拶をかわします。

 かなでちゃんには、わたしがVTuberをしていることを、まだ伝えていません。

 きっとカミングアウトしたら、すっごく驚くよね。えへへ。

「ゆいか、頑張ってね」

「えっ、なんで知っているの!?」

 わたしが、明日てんこちゃんとコラボすること、なんでかなでちゃんは知っているの?

 もしかして、とっくにばれていたりした?

「ゆいか、最近頑張っているから。何を頑張っているかは分からないけど、金曜日の放課後、すごく生き生きとしている」

「あ、あはは……」

 なんだー、VTuberまでは、まだばれてないみたい。びっくりさせないでよー。

 わたしがVTuberをしていることを、まだかなでちゃんに伝えられていない理由。

 それは、わたしがVTuberとして、まだまだ未熟なところがあったから。

 あと、〈獣人〉のてんこちゃんのことを、知られるわけにはいかなかったから。

 きっと、すごく頭の良いかなでちゃんは、わたしがVTuberをしていることを知ったら、すぐにてんこちゃんにまで辿り着いちゃう。

 だから、友達でも黙っていないといけなかったの。かなでちゃん、本当にごめん……。

「いつか、何をしているか教えて」

「うんっ!」

 そういえば学校が休みの日に、かなでちゃんと遊ぶ回数が少なくなっているかも。昔からの友達だし、気付かない方がおかしいよね。

 平日はもう少し、かなでちゃんと遊ぶようにしなきゃ。

 わたしは、かなでちゃんと別れます。

 そして、しばらく歩いていると、ついに事件は起きました。

「キミが、〈白雪ゆいか〉ポコね」

「うん、そうだけど……」

 家への帰り道の途中。わたしは、女の子に声をかけられます。

 正面にはぶかぶかのコートを着た、一人の女の子が立っていました。

 頭に深くフードをかぶっていて、顔はよく見えません。

 そしてわたしは、すぐに違和感に気付きました。

「って、なんでわたしのVTuberの名前を知っているの?」

 てんこちゃん以外、教えたことないのに。それにこの子……。

 でも、違和感に気付いたところで、色々と遅かったのです。

「えっ、なにこのけむり……」

 わたしの周りに、大量の白いけむりが現れると、意思を持って、わたしの体を取り囲んできます。まるでわたしを、捕らえるかのように。すぐにわたしは、身動きがとれなくなりました。

 白いけむりは、簡単にわたしの体を持ち上げます。地面に足を付くことすら、もうできません。

「み、身動きが取れない……。は、離して……」

「それはできないポコね」

 けむりを操っている女の子が、ゆっくりとこちらに近づいてきます。

「だ、だったら……」

 こういう不審者に襲われたときの対処法を、きちんとわたしは覚えているよ!

 すぐにわたしは、ランドセルに付いていた『防犯ブザー』のひもを引っ張りました。

 大きな警告音が、通学路に響き渡ります。さらに!

「だ、誰か、助けてっ!!!!!」

 わたしは大声で、周囲の大人に助けを求めます。

 怖じけずに大声を出せたのは、てんこちゃんとのコラボ配信のおかげ。

 リスナーさんの前でも緊張せずに、落ち着いて話せるようになったから。

 防犯ブサーと叫び声、この二つで、大人に助けてもらう計画でした。しかし。

「大声を出しても無駄ポコね」

「えっ」

 わたしを襲ってきた女の子は、焦る様子はありません。むしろ、不敵に笑っていたの。

「〈人間〉の不審者に襲われたときの対応は、100点満点だポコ。でもアタシの【古狸術(こりじゅつ)】には、通用しないポコね」

「【古狸術】って……、もしかして【アヤカシの力】……」

「理解が早いポコね」

 わたしを拘束していた白いけむりは、さらに体を締め付けてきます。もう、手を動かすこともできません。防犯ブザーが、むなしく鳴り響いていました。

「それに、アタシたちの周りには〈人間〉が入ってこられないように、『人払いの結界』を施しているポコ。さらに『防音結界』も張っているから、いくら騒いでも声一つ外にもれないポコね」

「そ、そんな……」

「おとなしく、眠ってもらうポコ」

 怯えるわたしの視界に、一枚の緑の葉っぱが舞い降りてきました。それを見た瞬間、急に眠気が襲ってきます。

 意識が遠くなる中、わたしを襲ってきた女の子は、被っていたフードを頭から取っていました。

(タヌキの耳……)

 まぶたが重くなり、わたしは意識を失ったのでした。

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