第7話 ボクと契約して、VTuberになってよ!

 配信終了から十分後。わたしとてんこちゃんは、たくさん歌ってカラカラになった喉を、冷たいお茶でうるおしていました。

 なんと、コラボ配信は大成功!!!

 わたしたちの歌を聴きに来たリスナーさんは、なんと2000人近くもいたんだよ。

 わたしは、はじめは緊張したものの、いざ歌い始めると、そんなものはどこかに吹っ飛んでしまったんだよ。

 少し音程を外しちゃったところもあったけど、上手く歌うことができたんだよ。

 それに、わたしが知っている楽曲は、今どきのVTuberや配信者がよく歌う曲ばかりだったから、リスナーさんの受けが良かったみたい。

 その……、てんこちゃんが歌う楽曲は、お父さんやお母さんが好きなちょっと古い曲が多くて、リスナーさんの中には知らない人もいたんだよね。

 てんこちゃんもそれを気にしていたみたいで……。だからわたしは、てんこちゃんも知っている今どきの曲で、デュエットもしたよ。すごく大好評だったんだよ!

 めでたし、めでたし。

「ゆいかちゃん、今日はありだとだコーン!」

 てんこちゃんは息を切らしつつも、笑顔で話しかけてきます。

 白い尻尾をフリフリとしていたので、顔を見なくても、てんこちゃんの今の気持ちが手に取るように分かるよ。

「てんこちゃん、わたしの方こそありがとう!」

 そしてわたしも、てんこちゃんに対して、感謝の気持ちで一杯だったんだ。

「今日、てんこちゃんとコラボして分かったよ!」

 てんこちゃんが、緊張していたわたしに伝えてくれた言葉。

「わたし、VTuberになりたいっ!」

 だって、恥ずかしいのは、自分の気持ちに素直になれないことだから!

「やっと、言えたコンね!」

「うん、やっと人前で言えたよっ! てんこちゃんのおかげだよっ!」

 わたし、てんこちゃんと友達になることができて、本当に良かった!

 そういえば、わたしは、てんこちゃんに対して、一つだけ疑問があるんだった。

「でも、なんでわたしがVTuberになりたいこと、てんこちゃんは知っていたの?」

「そ、それはだコン……」

 わたしの疑問に対して、なぜかてんこちゃんは、あいまいとした態度で答えます。

「き、企業秘密だコン。【妖狐術】の一種だコン」

「それも【妖狐術】だったの?」

「それにゆいかちゃんは、ボクの配信機材がすごく気になっていたコン。配信者に興味があることは、誰がみても明らかだったコン」

「うっ、そんなところからも、バレていたんだ……」

 でもそれは、てんこちゃんが使っているノートパソコンが、古すぎるところもあったんだよ! すごく、気になるじゃん!

 わたしは心の中で、てんこちゃんに軽い突っ込みをいれていました。

 そのせいで、てんこちゃんが小声で言った次の台詞を、わたしは聞き逃してしまいます。

「本当はゆいかちゃんみたいな、〈人間〉の願いを叶えるのが、昔からの〈獣人〉の仕事なんだコン……」

「てんこちゃん? 今なにか言った?」

「ううん、なんでもないコン!」

 大事なことを言っていたような気がするけど、まあ、いいかっ!

「あっ、ゆいかちゃん! 今日の配信に対して、たくさんのコメントが来ているコン。ボクと一緒に見るコーン!」

「うんっ!」

 今日のわたしたちのコラボ配信には、リスナーさんからのコメントがたくさん書き込まれていました。


【コラボ配信に書き込まれたコメント】

 @■■■■さん

 配信おつコーン!

 てんこちゃんの歌枠最高だったよ!

 @▲▲▲▲さん

 おつコン!

 @●●●●さん

 てんこちゃん、配信おつコーン!

 楽しいコラボだったね


 すごい。コメントの熱量を見ると、〈白雪てんこ〉ちゃんが、大人気VTuberだってことを改めて認識するよ。

 もしかしてわたし、やっぱりとんでもない人物と、コラボしてしまったのかも。

「あっ、ゆいかちゃんに対するコメントも付いているコン!」

「えっ、わたしに!?」

 みんなは、新人のわたしに優しくしてくれる、〈白雪てんこ〉ちゃんのファンの人。

 わたしは、まだまだおまけ。主役はあくまでてんこちゃん。そう思っていたの。


 @弁当ベンさん

 白雪ゆいか、元気で明るい女の子

 これからも応援している!


「あっ」

「ゆいかちゃんのことが好きになったリスナーさんだコン! ファン第一号だコン!」

「わ、わたしに、もうファンが!?」

 う、う、嬉しいかも……。え、えへへー。

「ゆいかちゃん、顔が気持ち悪いコン……」

「あっ、ごめん。つい嬉しくて」

「それはボクも分かるコン! 山から下りてきてVTuberを始めたとき、初めてついたファンのコメントは嬉しかったコン!」

「今、大人気のてんこちゃんも、そうだったんだ……」

「誰でも最初は、0からのスタートだコン!」

 0からのスタート。そっか、そうだよね。最初から、大人気の人はいないもんね。

「キツネ耳のVTuber、〈白雪ゆいか〉ちゃんの伝説はこれから始まるコーン!」

「始まるコーン! ってわたし、てんこちゃんみたいにいつも配信できないよっ! 【妖狐術】も使えないし……」

「それは大丈夫だコン! 休みの日に、ボクと一緒に配信をすればいいコン!」

「えっ、これからも、てんこちゃんと配信することができるの?」

 てっきり、今回だけだと思っていたよ。

「もしかして、嫌だったコン?」

「ううん、そんなことはないよ。でも……」

 てんこちゃんの【妖狐術】を使った配信環境だけど、普通に用意すると、すごくお金がかかるんだよ。

 高スペックのパソコン、それにウェブカメラとマイク。VTuberのアバターや、それを動かす技術、クリエイターさんにお願いするために、すごくお金がかかるんだよ。

 わたしのお小遣いなんかでは、とてもじゃないけど足りない金額。もしかしたら、お父さんの毎月少ないお小遣いでも。

 そんなすごい配信環境、なんの見返りもなしで、てんこちゃんから借りることなんてできないよっ!

「わたし、てんこちゃんに、何もお返しができないよ……」

 だけどてんこちゃんは、わたしの不安を簡単に吹っ飛ばしてくれたの。

「だったら代わりに、〈人間〉の世界で流行っていることを、ゆいかちゃんがボクに教えてほしいコン!」

「えっ?」

「ボクはもっと、〈人間〉の世界で人気になりたいコン。それには、ゆいかちゃんの協力が必要不可欠なんだコン!」

 たしかにわたしは、日頃からVTuberをよく観ているから、流行には詳しいけど。

 それに、小学校で流行っていることも、大人より知っているよ。

「そ、そんなことでよければ」

「だったら決まりだコン! ボクはゆいかちゃんに【コンコンコンピューター】を貸して、ゆいかちゃんはボクに〈人間〉の世界で流行っていることを教える。〈獣人〉と〈人間〉の友好の契約だコン!」

「うんっ!」

「それに、ボクはゆいかちゃんともっと遊びたいコン! 次は、ゆいかちゃんが得意なゲームでもコラボがしたいコン!」

「うん。これからもいっぱい遊ぼうね!」

「コーン!」

 これから、休みの日がますます楽しみかも!

「それに、ゆいかちゃんのおかげで、もっと『お揚げ』が食べられるようになるコン!」

「お、お揚げ!?」

「あれ、言っていなかったコン? ボクは〈人間〉が作る美味しいお揚げが食べたくて、VTuberをしているんだコン」

「そうだったの?」

「チャンネルの収益で、これだけのお揚げを買うことができたんだコン!」

 てんこちゃんは、隣の部屋の引き戸を開けます。

 そこは台所。【妖狐術】によって張られた結界の中に、一度では食べきれないほどのお揚げが、何枚も積み重なっていました。

 てんこちゃんの白い毛並みとは別の色の、キツネ本来の色のお揚げ。黄金みたいに、キラキラと輝きを放っていました。

「なにかおかしいコン?」

「う、ううん……。何でもないよっ」

「そうだ、お腹も空いたし、キツネうどんを一緒に食べるコンっ!」

 てんこちゃんは、フリフリとわたしに尻尾を見せながら、うどんを作り始めるのでした。

 てんこちゃんはお揚げが大好き。覚えておこうかな。

 わたし、近衛ゆいかは、お揚げが大好きな、キツネのVTuberと友達になったのでしたっ!


       * * *


 【名前】

 近衛ゆいか


 【あなたの将来なりたい職業はなんですか?】

 アイドルVTuber!


 【その職業を選んだ理由はなんですか?】

 自分もみんなも笑顔にしたいから!


 【そのために努力していることはありますか?】

 音楽も、体育も、図画工作も、配信に役立つことはこれから全て頑張ります!

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