第5話 通常の十倍速いパソコン
わたしが、〈白雪(しらゆき)てんこ〉ちゃんと出会った次の日。
今日は土曜日なので、大人も、そしてわたしたち子供もお休み。
だからてんこちゃんは、昼間から配信をするみたい。
そして、その配信に、なんとわたしも出ます。どうしてこうなったんだろう。
わたしは、てんこちゃんの古い木造の家のチャイムを鳴らします。
『ピンポーン♪』
今日は不法侵入しないで、堂々と家の中に入るよ!
「ゆいかちゃん、もう空いているコーン!」
「えっ!?」
わたしが引き戸の扉の、取っ手に手をかけようとしたときでした。右から左へと、勝手に扉が開きます。
「じ、自動ドアっ!?」
てんこちゃんが、ただ者でないのは分かってはいたんだけど、幽霊みたいに超常現象を見せられると、少し驚いちゃうかも。
昨日、てんこちゃんが配信をしていた部屋に置いてあった、丸いちゃぶ台の前。
赤と白の着物を着たてんこちゃんは、そこに正座をして、わたしのことを待っていました。
「もう、遅いコーン!」
「ごめんなさい。お母さんに用事を頼まれちゃって、遅くなっちゃった」
「そ、そうなのだコン? それは仕方ないコン。親孝行は良いことだコン」
「あはは……」
お母さんに、有名VTuberの配信に出るなんて言えないし、頼み事をされたときはヒヤッとしたよ。なんとか間に合うように、用事を終わらせることができて良かった。
結局わたしは昨日の夜、色々と悩んだけど、またてんこちゃんの家に来ちゃったの。
このまま、てんこちゃんに黙って、コラボから逃げることもできたはずなのに。
でもわたしは、もっとてんこちゃんのことが知りたかったの!
それに、配信者にもなりたかったから! てんこちゃんの配信を、間近で見てみたかったの。もしかしたら、なにか学べることがあるかもしれなかったから。
「それにしても……」
わたしは、てんこちゃんの部屋、配信環境(かんきょう)をまじまじと観察します。
「すごくパソコンが古いけど、てんこちゃんはいつもこのパソコンで配信をしているの?」
てんこちゃんはチャンネル登録者数10万人の大人気VTuber。
だけど、使っているノートパソコンは、なんていうか、少しボロいかも……。
昨日、色々とあって突っ込まなかったけど、最初は粗大ゴミだと思ったよ。
そして、わたしの心は、なぜかてんこちゃんに読まれていました。
「ゆいかちゃんは、このノートパソコンがゴミだと思っているコンね」
「ぎくっ!?」
「たしかに、このパソコンは20年前の古いパソコンだけど、ボクの力を使えば、こんなことができるコン!」
てんこちゃんは、ちゃぶ台の上に置いてあったノートパソコンに手をかざします。
すると、ノートパソコンの画面の上にキツネの耳が、画面の後ろにはキツネの尻尾が、ぴょこっと生えてきました。
そして、画面の中では、ものすごい計算が行われています。
「ずばり、【コンコンコンピューター】だコン!」
「な、なんだかすごそう!」
「『なんだか』じゃなくて、本当にすごいんだコン!」
てんこちゃんは、すごく自慢したいみたいです。
「これは【妖狐術(ようこじゅつ)】だコン! ボクの【アヤカシの力】でこの古いパソコンは、最新のパソコンの10倍のパワーを持っているんだコン!」
「えっ、なにそれ、本当にすごい!?」
最新のパソコンの10倍のスペックなんて、どんなゲームでも動くよ。
「さらに、こんなこともできるんだコン!」
てんこちゃんは、パソコンのマウスを何回かクリックすると、画面の上には、とても小さなキツネの顔が現れます。
「これはウェブカメラだコン!」
「なんかわたしのことを、じろじろとにらんできているんですけど……」
目が赤く光っているし、ちょっと怖いかも。
悪いことをしていないのに、防犯カメラに追われている気分だよ。
「そして、【コンコンコンピューター】の方をこうすると……、こうなるコーン!」
てんこちゃんは、【コンコンコンピューター】を手に持つと、その画面をわたしに見せてきます。そこには……。
「えっ、これわたし!?」
キツネの女の子の姿をした、【VTuberわたし】が存在していたの!
最初は、わたしじゃないと疑ったよ。でも、わたしが顔を左右に動かすと、〈VTuberのわたし〉も、顔が左右に動くんだよ。
わたしが瞬きをすると、〈VTuberのわたし〉も、しっかりと瞬きをするんだよ。
〈VTuberのわたし〉のイラストは、顔の特徴をよくとらえているし、頭にキツネの耳が付いている以外、本物のわたしだよ!
「す、すごいよ、これっ!?」
「えっへん、だコーン!!!」
てんこちゃんは得意げに、鼻を高くしていました。
わたしは、てんこちゃんがどうやって配信をしているのか、すごく気になっていたんだけど、【妖狐術】って本当にすごい!
だって【妖狐術】を使えば、有名なイラストレーターさんや、その人に描いてもらったイラストを動かすモデラーさんに頼まなくても、VTuberになれるんだよ!
小学生でも、VTuberデビューが夢じゃないかも?
これならわたしでも、VTuberになれるかも!?
「それにしても、〈人間〉はまだ使える道具を、すぐに山に捨てるコン……」
「えっ……」
「すごくもったいないし、山にいる仲間が困っているコン……」
わたしじゃないけど、ごめんなさい、ごめんなさい。
わたしは、絶対に山にゴミは捨てないよー。
き、気を取り直して……。
「それでてんこちゃん、今日は何の配信をするの?」
わたしは、今日のコラボ配信の内容を、てんこちゃんに尋ねます。
【妖狐術】を見せてもらって、わたしが興奮していたのも束の間、てんこちゃんから、衝撃の内容が発表されます。
「今日はゆいかちゃんと『歌コラボ』をするコン!」
「え、今なんて言ったの?」
「だから、『歌コラボ』をするコン。〈人間〉は『からおけ』っていう場所でよく歌うから、歌が上手いって聞いたコン!」
「ええええっー!?」
わたしは、昨日と同じくらいの大きな悲鳴を上げました。
近衛ゆいか、人生初の配信は、あまり得意ではない歌の配信でした。
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