第4話 ぼっち・ざ・ふぉっくす

 わたし、近衛ゆいか、小学五年生。ごく普通のありふれた女の子。

 ……だと思っていたら、なんと【獣人】という、人の姿になった動物と話すことができる、特別な女の子だったみたいです。

 だけど今、その記憶を消されそうで、すごくピンチ!!!

 果たしてわたしは、このピンチを乗り越えることができるのか。

 話は、てんこちゃんの家での出来事に戻ります。

「じ、実はわたし、〈白雪てんこ〉ちゃんの大、大、大ファンなんですっ!」

 わたしの作戦はこう。

 ずっと前から、わたしは〈白雪てんこ〉ちゃんの大ファンだった。その『設定』を追加したあとに、次の台詞を言います。

「大ファンのてんこちゃんの声が聞こえてきて、つい家の中に。本当にごめんなさい!」

「そ、そうだったのかコン……」

「だから、記憶だけは勘弁してください。ここであったことは誰にも話さないから!」

「ぼ、ボクのファン……。それだったら、記憶を消すのは良くないかもだコン……」

 つまり、てんこちゃんの良心に訴える作戦。うまく行きそうかも。

「今日、てんこちゃんと会えたことは、一生忘れませんっ!」

「わ、忘れてもらわないと困るんだコン……」

「でも、てんこちゃんとの大切な思い出が……」

「うっ……、ボクのファンの記憶を消すのは、残酷な気がしてきたコン……」

 わたしは必死で、首を上下に振ります。

 もしかして、てんこちゃん、すごく優しい性格の女の子なのかな? ファンをとても大切にしているみたいだし。

 それにわたしの言葉、あながち嘘ではないよ。

 てんこちゃんのファンに、たった今、わたしもなったのだから!

「もう、しょうがないコン……。記憶は消さないでおいてあげるコン」

「ほ、本当にっ!?」

 これでわたしの力のことも、てんこちゃんのことも、忘れないで済むね。やったねっ!

「それに、キミの今の願い……」

「わたしのことが、どうかしたの?」

「ううん、なんでもないコン!」

 とにかく、わたしの記憶は、なんとか守られたのでした。しかし。

「ただし、一つ条件があるコン!」

「えっ……」

 てんこちゃんは、わたしの記憶と引き換えに、衝撃の条件を出してくるのでした。

「ボクと一緒に、明日の配信に出てほしいコン!」

 わたしが、てんこちゃんの配信に!?

「ええええーっ!?」

 今日一番の大きな声が、わたしの口から出ました。

 てんこちゃんの配信にわたしが出るの。そ、そんなの無理だよ!

「ボクの配信に出ないと、記憶を消しちゃうコン!」

「ええーっ」

 しかもコラボを拒否すると、わたしの記憶が消されてしまいます。どうしよう。

「てんこちゃんは、なんでわたしなんかとコラボしたいの?」

 わたし、VTuberの配信はよく観るけど、実際に配信まではしたことがないよ。

 わたしとコラボするメリットなんて、てんこちゃんには1ミリもないよ。

「じ、実はだコン……」

 わたしの疑問に対して、てんこちゃんは頭の耳を垂れ下げて答えます。

「配信のネタが不足しているんだコン……」

「あ……」

 VTuberあるあるの悩みだよね。いつも面白い配信をするのが大変なこと、わたしは知っているよ。

 テレビで例えるなら、お笑い芸人さんのギャグ。同じネタばかり披露していたら、見飽きるもんね!

「それにボクは、〈人間〉の世界では友達が少ないんだコン……」

「そうなの?」

「コラボしてくれる人が、いないんだコン……」

 わたしはスマホで、てんこちゃんの今までの配信を確認します。

 言われてみればてんこちゃんは、いつも一人で配信しているみたい。もしかして、寂しかったりするのかな。

「それにボクがキツネだって、誰も信じてくれないコン。〈獣人〉のルールで、それを〈人間〉に伝えることもできないんだコン……」

 あくまでリスナーさんは、てんこちゃんのことを、キツネの女の子の〈アバター〉を使っている、普通の人間の女の子だと思い込んでいたよね。

 わたしみたいに、直接てんこちゃんの姿を見れば、信じてくれるのかもしれないけど。でも、それはルール違反みたい。

「だから、ボクの正体を知っているキミとなら、コラボができると思ったんだコン」

「そうだったんだ……」

 どうしよう、てんこちゃんの力になってあげたいけど……。

「もしかして、配信に出るのは嫌だったコン?」

 てんこちゃんは、そわそわした様子で、わたしに尋ねてきます。

 相変わらず、頭の耳は垂れ下がったままだよ。

「ううん、そんなことはないよ。わたし、VTuberの配信やってみたいなー!」

「ほ、本当だコン? だったら、ボクの配信に出てくれるかコン?」

「う、うん……。わたし、てんこちゃんの配信に出てみようかなー」

「やったコーン。コラボの相手、確保だコーンっ!!!」

「あはは……」

 だめだ、断ることなんてできないよ。

 てんこちゃんは、わたしの両手を握ると、ぶんぶんと縦に振ってきます。

 耳は天井を向いていて、尻尾もぴょこぴょこと左右に動いています。

 わたし、VTuberの配信には興味があったけど、急に出演することになるなんて。

 それに相手は大人気VTuberだし、とんでもない一日だよー!

「そういえば、キミの名前をまだ聞いていなかったコン」

 てんこちゃんは、わたしの手を離すと、正面に立って自己紹介をしました。

「ボクは誇り高きキツネの〈獣人〉、そして大人気VTuber、【白雪てんこ】だコン! よろしくだコン!」

「わたし、近衛ゆいか、小学五年生」

 ごく普通のありふれた女の子。ついさっきまでは、そうでした……。

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