第7話 陽太と颯の試合: 第二セット



第一セットを失った颯は、コートの端で深呼吸を繰り返していた。陽太に圧倒され、何もできなかった自分に対する悔しさが胸に広がっていたが、彼の中にはもう一つ、冷静な計算が働いていた。第一セットは確かに負けたが、ただやられていたわけではなかった。颯は無意識のうちに、再びテニスの感覚を取り戻すため、そして陽太のプレースタイルを分析するために、あえて様々なプレーを試していた。


「ここからだ…」


颯は静かに自分に言い聞かせ、ラケットを握り直した。第二セットが始まる前に、彼の中で戦略が徐々に固まっていく。


第二セット: 第一ゲーム


颯のサービスから第二セットが始まる。第一セットとは違い、彼のサーブには力が戻っていた。ボールは鋭く、そして深くコートに打ち込まれ、陽太は少し戸惑いながらリターンを返す。しかし、そのリターンは浅く、颯は素早く前に詰め、ボレーでポイントを決めた。


「15-0」


観客席からは驚きの声が上がった。真奈美も目を見張り、思わず呟いた。「一ノ瀬くん、さっきとは全然違う…」


翔はその変化に気づき、拓海に向かって言った。「見ろよ、颯が目覚めたみたいだ。あのサーブ、さっきのセットにはなかったぞ。」


拓海も頷いた。「やっぱり、あの第一セットはただ押されてたわけじゃなかったんだ。颯は試してたんだよ、陽太の特徴を掴むために。」


陽太は微かに笑みを浮かべながら、次のポイントに備えていたが、その表情にはわずかな警戒心が見えた。彼は颯の変化に気づいていた。


次のポイントでも、颯は力強いサーブを打ち込み、陽太をコートの端に追い詰めた。陽太は何とかリターンしたが、その返球は浅く、颯は冷静にアプローチショットを決めた。


「30-0」


陽太は内心で驚きを感じていたが、それを表には出さず、颯を見つめた。「やっとやる気になったみたいだな。でも、今さら遅いんじゃないか?」


しかし、颯はその言葉に動じることなく、次のサーブに集中していた。第三ポイントでも、颯はサーブアンドボレーを駆使し、再びポイントを取った。


「40-0」


「おい、これ本当に同じ試合か?」と翔が驚きながら言った。「颯が完全に目を覚ましたぞ。」


「でも、陽太もこのままじゃ引き下がらないだろうな」と拓海が冷静に分析した。「ここからが本当の勝負だ。」


颯は最後のポイントを決めるべく、再びサーブを打ち込んだ。陽太はそのサーブを深く返し、ラリーが始まった。だが、颯は以前とは違い、陽太のリズムに合わせることなく、自分のペースでラリーを展開した。最終的に、陽太のボールがネットにかかり、颯がゲームを取った。


「ゲーム、颯。1-0」


第二ゲーム:


陽太がサービスを担当するゲームが始まった。彼のサービスは相変わらず力強く、颯はそのスピードに一瞬押されるが、冷静に対応した。陽太が強力なフォアハンドで攻撃を仕掛けてきたが、颯はそれを予測しており、逆クロスに切り返した。陽太がそのリターンに追いつこうとしたが、わずかに届かず、颯がポイントを取った。


「0-15」


陽太はそのポイントに少し苛立ちを見せたが、すぐに冷静さを取り戻し、次のサーブを打ち込んだ。今度はアングルショットで颯を外に追い出し、颯のリターンは浅くなった。陽太はすかさずネットに詰め、ボレーでポイントを取り返した。


「15-15」


観客席では、真奈美が心配そうに試合を見守っていた。「陽太さんも強い…でも、一ノ瀬くん、負けないで。」


翔もまた、興奮した声で拓海に話しかけた。「これが本当の勝負ってやつだな。どっちが先に崩れるか…」


陽太は次のサーブで、再び颯をコートの端に追い詰め、強力なフォアハンドで攻撃を仕掛けた。しかし、颯はそれを読み、カウンターでダウンザラインにショットを打ち込んだ。陽太はそのボールに追いつこうとしたが、少し遅れ、ポイントを失った。


「15-30」


「やるな…」陽太は小さく呟き、軽く舌打ちをした。彼はすでに颯の変化を認識しており、試合が簡単にはいかないことを理解していた。


「どうした、さっきの勢いはどこに行った?」颯は淡々とした口調で陽太に言った。その言葉には挑発の意図はなく、ただ静かに勝負を楽しんでいる感覚が滲んでいた。


陽太は次のポイントでさらに攻撃的に出るが、颯は冷静にそれを返し、ラリーを続ける。最終的に、陽太がフォアハンドをミスショットし、ボールがアウトになった。


「15-40」


陽太は不機嫌そうにラケットを振り下ろしたが、すぐに気を取り直して次のサーブに集中した。だが、颯はすでに陽太のプレースタイルを完全に把握しており、彼の弱点を突く形で次のリターンを決めた。


「ゲーム、颯。2-0」


颯が再びゲームを取った瞬間、観客席から大きな歓声が上がった。翔も興奮した声で叫んだ。「やった、颯が陽太を押してるぞ!」


「完全に流れを掴んだな」と拓海が言った。「陽太もこれ以上余裕を見せられないだろう。」


真奈美は微笑みながら、その様子を見守っていた。「一ノ瀬くん、本当に強い…でも、まだ油断しないで。」


第三ゲーム:


次のゲームでも、颯は冷静さを保ちながら、自分のペースでプレーを続けた。彼は陽太の攻撃をかわしながら、確実にポイントを積み重ねていく。陽太も必死に抵抗するが、彼のプレーには焦りが見え始めていた。


「陽太、ここが正念場だぞ」と颯が静かに言った。「今のままじゃ、俺には勝てない。」


その言葉に陽太は怒りを抑えようとしたが、明らかに動揺していた。彼は強力なサーブを打ち込むが、颯はそれをしっかりと返し、逆に攻撃を仕掛ける。最終的に、陽太のリターンがネットにかかり、颯がポイントを取った。


「40-30」


「ここで決める!」颯はそう決意し、次のポイントに集中した。彼は陽太のサーブを冷静に返し、ラリーを続けた。そして、陽太がミスショットをする瞬間を見逃さず、決定的なショットを打ち込んだ。


「ゲーム、颯。3-0」


この瞬間、颯が完全に流れを掌握した。観客席からは歓声が上がり、真奈美も笑顔で颯を見つめていた。


その後のゲーム展開:


颯は勢いに乗り、次々とゲームを取っていった。陽太も必死に抵抗するが、彼のミスが増え始め、颯に対抗できなくなっていた。ブランクを感じさせない颯のプレーは、まさに全国レベルの実力を示していた。


翔は大声で応援しながら、「よし、その調子だ、颯!最後まで攻め続けろ!」


拓海も興奮した様子で、「完全に颯のペースだ。このまま行ける!」


真奈美も胸の奥で静かに応援していた。「一ノ瀬くん、本当に強い。これで自分を取り戻せたんだね…」


セットポイント:


最終的に、第二セットのセットポイントが訪れた。颯は冷静さを保ちながら、陽太のサーブに対応し、ラリーを展開した。彼は陽太の焦りを見抜き、その隙を突いて、決定的なクロスショットを打ち込んだ。


「ゲーム、そしてセット、颯。6-2」


颯が第二セットを取った瞬間、観客席からは大歓声が上がった。翔や拓海、そして他の男子テニス部員たちは立ち上がり、颯に向かって拍手を送っていた。


「やったぞ、颯!」翔が興奮した声で叫んだ。「お前がやればできるって信じてた!」


「素晴らしいプレーだった!」拓海も笑顔で叫んだ。「これで勝負はイーブンだ!」


真奈美も静かに拍手を送りながら、微笑んだ。「一ノ瀬くん、よくやった。これで本当の自分を取り戻せたね。」


颯は深呼吸をし、再び冷静な表情を取り戻した。彼の中で何かが確実に変わった。過去のトラウマから解放され、自分を取り戻すことができたのだ。


しかし、試合はまだ終わっていない。これから第三セットに突入するが、颯は自分が今度こそ勝利を掴む準備が整ったことを感じていた。そして、この試合が彼にとって新たなスタートとなることを確信していた。

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