第6話颯の最後の試合

颯と陽太の試合が始まると、コート周りの空気が一瞬にして緊張感で包まれた。観客たちの視線は二人に集中し、誰もが息を呑んでその対決を見守っていた。


「さて、始めようか」陽太が冷静な声で言う。


颯は軽く頷き、ラケットをしっかりと握り直した。久しぶりに感じるコートの感触と、ラケットの重さ。全てが懐かしくもあり、同時に恐ろしいものだった。


第一ゲーム:


陽太がサービスを開始する。彼のサービスは力強く、正確だった。ボールが風を切る音が響き、颯のリターンは一瞬遅れてしまった。ボールはコートの隅に吸い込まれるように決まり、陽太が最初のポイントを取った。


「15-0」と審判が告げる。


「おいおい、そんなもんか?」陽太が笑みを浮かべながら言った。「全国レベルだったっていう割には、全然じゃないか?」


その挑発的な言葉に、颯の心がわずかに揺れる。しかし、彼は何も言わずに次のボールを待った。陽太の目的は、颯の精神を揺さぶることだと彼は理解していた。それでも、ブランクの影響は明らかで、体が思うように動かない。


次のポイントも、陽太の鋭いストロークにより、颯のリターンがアウトしてしまった。


「30-0」


観客席からも少しざわめきが聞こえる。翔が颯の姿を見つめながら、つぶやいた。


「颯、やっぱりまだ感覚が戻ってないのか…。このままじゃ厳しいな。」


拓海も同じように心配そうに見つめていた。「陽太も強いし、何より精神的に余裕がある。颯はその余裕を取り戻すまでに時間がかかりそうだな。」


真奈美もまた、観客席から心配そうに試合を見守っていた。彼女は颯が過去のトラウマを乗り越えられるかどうかを案じていたが、今のところ、その兆しは見えなかった。


陽太はさらに攻め続け、次のポイントも巧妙に取っていく。彼のボールは精確で、颯が反応する前にボールがコートに突き刺さる。


「40-0」


「どうした、颯?」陽太がわざとらしく肩をすくめながら言う。「全国でプレーしてたお前が、こんな簡単にやられるなんて思わなかったよ。逃げるつもりか?」


颯はその挑発に対して反応せず、ただじっと次のサーブを待っていた。しかし、心の中では焦りが広がり始めていた。ブランクの影響がここまで大きいとは思っていなかった。体が思うように動かない苛立ちと、陽太の攻撃的なプレーに圧倒される自分を感じていた。


そして、次のポイント。陽太がサービスを打ち込むと、颯はなんとかリターンするものの、そのリターンはネットにかかってしまった。


「ゲーム、陽太。1-0」


最初のゲームを簡単に取られてしまい、颯は息を整えながらコートの端に戻った。陽太は冷静なまま、彼をじっと見つめていた。その視線には、自信と余裕が感じられた。


第二ゲーム:


颯がサービスを担当する番になった。彼は深呼吸をし、集中しようと努力した。しかし、陽太はすでに彼の心を揺さぶっていた。最初のサービスは浅く、陽太に簡単にリターンされてしまう。そして、陽太はそのリターンを深いコーナーに打ち込み、颯はそれに対応できずポイントを落とす。


「0-15」


「こんな調子じゃ、この試合、あっという間に終わるぞ」陽太がわざとらしくため息をつきながら言う。


颯はその言葉に反応せず、次のサービスに集中しようとした。しかし、心の中で陽太の言葉が響き、焦りが募っていた。次のサービスもミスしてしまい、リターンは簡単にアウトする。


「0-30」


「颯、気を取り直せよ!」翔が声を張り上げる。「お前ならもっとできるはずだ!」


観客席からも少しずつ応援の声が聞こえてきた。だが、颯のプレーは乱れ続けていた。次のサービスはネットにかかり、ダブルフォルトでポイントを失う。


「0-40」


拓海は心配そうに呟いた。「陽太、徹底的に颯を追い詰めようとしてるな。これじゃ、颯が立ち直るのは難しい…」


真奈美もまた、祈るような気持ちで颯を見つめていた。彼が過去を乗り越えるための試練が、今まさに目の前で展開されているのを感じていた。


「試合ってのは、メンタルが大事なんだよ、颯」陽太が余裕を見せながら言う。「お前がその程度の心構えでいるなら、これで終わりだ。」


颯はその言葉に反発しようとしたが、体が言うことを聞かなかった。次のポイントも、陽太の強烈なストロークに押され、再びアウトしてしまった。


「ゲーム、陽太。2-0」


圧倒的な差で、陽太がリードを広げていく。颯はその間、ただ必死に食らいつこうとするが、体と心が追いつかない。第一セットは、ブランクの影響と陽太の精神的な攻撃により、颯はほぼ一方的にやられてしまっていた。


観客席からは心配する声が上がり始め、翔や拓海も苛立ちを隠せなかった。


「陽太、本当に厳しいな。颯が立ち直るのを待ってくれてもいいのに…」翔がつぶやいた。


「でも、これが陽太のやり方なんだろう」拓海が答えた。「彼は颯を本当に立ち直らせたいんだ。だからこそ、厳しく接しているんだと思う。でも、このままじゃ、颯が壊れてしまうかもしれない…」


真奈美は静かに試合を見つめながら、心の中で祈っていた。彼女は颯が過去を乗り越え、再び輝きを取り戻すことを願っていたが、今のところ、その兆しは見えていなかった。


「どうか、立ち直って…一ノ瀬くん」と、彼女は心の中で静かに願った。


第三ゲーム:


陽太の優位は続いていた。彼のプレーはますます鋭さを増し、颯はそれに対応することができなかった。ブランクがあるにもかかわらず、彼の体は反応しようとしていたが、陽太の巧みなプレーと精神的な圧力に押されていた。


「お前の全盛期は過ぎたのか?」陽太が再び挑発的に言った。「それとも、最初からこんなもんだったのか?」


颯はその言葉に何も言い返せなかった。ただ、何とか自分を取り戻そうと努力していたが、陽太のプレーはまるで隙がなかった。


第三ゲームも、陽太がポイントを連続で取り、颯は再びリードを広げられてしまった。セットカウントは、あっという間に「0-3」となり、第一セットを陽太が取るのは確実となった。


セットポイント:


颯はサービスラインに立ち、心を落ち着けようとした。自分の体が思うように動かない苛立ちと、陽太の攻撃的な言葉が頭の中で渦巻いていた。しかし、何よりも自分自身に対する失望が彼を襲っていた。


「これで終わりなのか…?」


その疑問が心に浮かんだ瞬間、陽太のリターンが再び彼を襲った。颯は何とか返そうとしたが、リターンはネットにかかり、陽太が第一セットを取った。


「ゲーム、そしてセット、陽太。6-0」


圧倒的なスコアで、陽太が第一セットを取った。颯はコートの中央に立ち尽くし、呼吸を整えようとしたが、心の中では何かが崩れ落ちたような感覚があった。


観客席からは驚きと不安の声が聞こえ、翔と拓海もその結果に戸惑っていた。


「まずいな…このままじゃ、颯が完全に折れてしまうかもしれない」翔が言った。


「でも、まだ終わってない」拓海が答えた。「第二セットがある。颯がここで何かを掴んでくれることを願うしかない。」


真奈美もまた、静かに見守りながら、颯が再び立ち上がることを信じていた。しかし、彼が過去のトラウマを乗り越えられるかどうかは、まだわからなかった。試合はまだ続いているが、颯にとってはここからが本当の試練となるだろう。

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