第3話勧誘
自己紹介が終わり、クラスの生徒たちは少しずつお互いに打ち解け合い始めていた。教室のあちこちで、新しい友達を作るための会話が交わされている。颯は、自分の席で静かに過ごし、できるだけ目立たないようにしていたが、その努力は無駄に終わった。
城山翔と藤堂拓海が、颯の席にまっすぐ向かってきたのだ。
「一ノ瀬!」翔が元気よく声をかける。「自己紹介の時は驚いたぜ。でも、まさかこんなところで再会するとはな。」
拓海も興味深げに颯を見ている。「お前があの一ノ瀬颯だって、ちょっと信じられないな。噂には聞いてたけど、全国レベルの選手がここにいるなんて。」
颯は二人の視線から逃れるように、わずかに目をそらした。彼らの興味は嬉しいものではなかった。むしろ、彼にとっては不安の種だった。
「俺のことは忘れてくれよ」と颯は冷静な声で答えた。「もうテニスはやめたんだ。」
翔は驚いたように眉を上げた。「やめたって…どうしてだ?お前、あの試合で見せたプレー、まだ忘れられないよ。なんで辞めるなんて考えたんだ?」
拓海も首をかしげた。「そうだよ。一緒に男子テニス部を盛り上げようぜ!お前みたいな選手がいれば、俺たち、絶対全国を狙えると思うんだ。」
しかし、颯は二人の言葉に頑なな態度を崩さなかった。彼の目には決意が込められていた。
「何度言っても同じだ」と颯は静かに言った。「テニスはもうやらない。俺には別の道があるんだ。だから、諦めてくれ。」
その言葉に、翔と拓海は困惑した表情を浮かべた。翔はしばらく黙っていたが、再び口を開いた。
「本気でそう思ってるのか?でも、お前がそんな風に言うの、ちょっと想像できないんだ。お前がテニスをやめるなんて、俺には信じられない。」
颯は翔の言葉に少し心が揺れたが、再び冷静さを取り戻し、彼らを見つめた。
「翔、お前にはわからないよ。俺にはテニスを続けられない理由があるんだ。もう、あの頃の俺とは違う。だから、本当にやめたんだ。」
拓海もその場に沈黙が流れるのを感じ取り、どう説得すべきか考えていたが、颯の言葉に深い決意を感じて、それ以上は強く押し進められなかった。
「そっか…」と拓海は少し残念そうに言った。「お前が決めたことなら、無理強いはしないよ。でも、いつでも考え直してくれ。俺たちは歓迎するからさ。」
翔も溜め息をつきながら、「まあ、そういうことなら仕方ないか。でも、俺はお前がやっぱりテニスを続けるべきだと思ってる。その気になったら、いつでも声をかけてくれ。」
二人は颯にもう一度声をかけることなく、その場を後にした。颯は、自分の意志が伝わったことに少し安堵したものの、胸の奥にあるわずかな不安を感じていた。
「本当にこれでよかったのか…?」
颯はそう自問しながら、これからの学園生活がどうなるのかを考えていた。彼は新たなスタートを切るためにこの学校を選んだはずだったが、運命は彼を再びテニスの世界へと引き戻そうとしているようだった。それでも、颯は決してその道に戻らないと心に誓っていた。
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