第2話動き出す

入学式が終わり、新入生たちはそれぞれのクラスに振り分けられた。颯は無表情のまま自分の教室へと向かい、静かに席に着いた。教室内は新しいクラスメートたちで溢れ、どこか浮き足立った雰囲気が漂っていた。


担任の教師が教壇に立ち、クラスの最初の授業として、全員の自己紹介を始めることを宣言した。


「では、順番に自己紹介を始めてください。名前と出身中学、それに趣味や好きなことなど、簡単で構いませんからね。」


クラスメートたちが次々と自己紹介を始め、教室内は和やかな雰囲気に包まれた。笑顔が交わされ、新しい友人を作ろうという意気込みが感じられる。


やがて、颯の順番が近づいてきた。彼は少し緊張しながら立ち上がり、教室の前に出た。静かに視線を巡らせながら、彼は口を開いた。


「一ノ瀬颯です。出身は…」


颯が名前を言い終わるやいなや、突然教室の隅から大きな声が響いた。


「あーーーっ!なんでいるんだよ、君が!」


その声の主は城山翔だった。颯の名前が呼ばれた瞬間、彼の記憶が一気に蘇ったようだった。翔は立ち上がり、目を丸くして颯を指差した。


「おい、もしかして君があの一ノ瀬颯か?!」


教室内は一瞬にして静まり返った。クラスメートたちは驚きの表情を浮かべ、視線を翔と颯に向けた。教師も戸惑いを隠せず、どう対応すべきか迷っている様子だった。


颯は困惑しつつも冷静に対応しようとしたが、翔の突然の反応にどう答えるべきか迷っていた。彼の中で過去の記憶が次第に蘇り始める。


「ああ…城山翔か。覚えてるよ。中学の全国大会で戦ったよな。」


翔はますます興奮した様子で、颯に詰め寄った。


「そうだよ!あの試合は忘れられない。だけど、まさか君がここにいるなんて思ってもみなかった!」


颯は内心動揺しながらも、表情には出さないよう努めた。翔が彼を知っているのは当然のことだった。あの試合は二人にとって忘れられないものだったが、颯にとっては、それ以上に苦い思い出が絡んでいる。


教室内は再びざわめき始め、クラスメートたちは興味津々に二人を見つめていた。その時、藤堂拓海が不思議そうに口を開いた。


「ちょっと待てよ、城山。君、どうしてそんなに驚いてるんだ?一ノ瀬颯って、そんなに有名なのか?」


拓海は噂程度にしか聞いたことのない名前に、翔の反応が過剰に思えたようだった。彼は颯の顔もよく知らず、ただ興味本位で尋ねた。


翔は少し興奮気味に答えた。


「知らないのか?一ノ瀬颯は中学の時に全国大会で大暴れした天才だよ!あの時の試合、今でも覚えてる。でも、その後急に姿を消したんだよ。」


颯は心の中で小さくため息をついた。翔は自分の過去を知っているが、その背後にある事情までは知らない。そして、彼がそうであることを、颯はある意味で救いだと思っていた。


「まあ、色々あってここに来たんだ」と颯は控えめに答えた。「よろしく頼むよ。」


それ以上の説明は避け、颯は再び自分の席に戻った。翔の興奮は冷めやらず、周囲のクラスメートたちも二人のやり取りに興味を持った様子だったが、担任教師が場を収めるために話を切り上げ、自己紹介は続けられた。


だが、颯の心には再びテニスという過去が深く刻まれることになるのだと、彼はうすうす感じていた。新しいスタートを切るつもりだったはずが、運命は彼を逃がしてはくれないようだった。

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