第42話 ボーパルバニー

・登場人物・

ヤマト……主人公。勇者で憲兵団団長。パワハラ気質。

アメリア……女魔法使い。一応見える部分のムダ毛は処理している。

カレンテ……駐在部隊の女性隊長。趣味は人間観察。

ンゴニー……憲兵。ヤバいやつ。実際マジでヤバいやつ。

バラボン……憲兵。魔法担当。ダイエット中。

サイナリア……妖精。自称二十三歳。本当は二十八歳。

ボーラン……悪徳商人。実はちょっと肩の荷が下りた。

クードク……飼育員の男性。意外と熱い男。


**********


 入口付近に仰向けで倒れているンゴニーを確認。


 『絶対防御結界魔法』を展開。

 ンゴニーに対し『身体スキャン魔法』を実行。

 頸動脈損傷を確認。

 脈拍微弱。

 呼吸停止を確認。

 出血性ショックと診断。

 『緊急縫合術式魔法クイック・ナート』により止血及び傷口を接合。

 『救命蘇生複合術式魔法レイズ・デット』により心肺機能の回復を試行。

 心肺機能および循環の回復を確認。

 『治癒術式魔法ヒール』により創傷の治癒を促進。



 ボーパルバニーの檻の前に仰向けで倒れているアメリアを確認。


 『絶対防御結界魔法』を展開。

 アメリアに対し『身体スキャン魔法』を実行。

 頸動脈損傷を確認。

 心肺機能の停止を確認。

 出血過多。

 出血性ショックと診断。

 『緊急縫合術式魔法クイック・ナート』により止血及び傷口を接合。

 『救命蘇生複合術式魔法レイズ・デット』により心肺機能の回復を試行。

 心肺機能および循環の回復を確認。

 血圧低下のため『持続的生命維持の術式魔法リジェネレーション』を設置。


 

 室内の隅でうずくまるサイナリアを発見。


 『絶対防御結界魔法』を展開。

 サイナリアに対し『身体スキャン魔法』を実行するも拒絶されたため強制実行。

 『肩部に切り傷または切創による出血を確認』。

 意識レベルに問題なし。

 脈拍の上昇を確認。

 呼吸回数の上昇を確認。

 バイタルに問題ないと判断。

 『第二種鎮痛魔法術式ペイン・コントロール』による部分麻酔を実行。

 『縫合魔法ナート』による物理的な縫合を実施。



 なお、ボーパルバニーは視認出来ず。



「ヤマト団長!! 大丈夫ですか!?」


 通路からカレンテの叫ぶ声が聞こえる。


 三人の治療を終えた俺は、その声の聞こえた通路へと駆け寄る。


 部屋の出口には防御結界が展開されており、通路と部屋を強固に分断している。


「団長! 一体どうやって入ったんですか!? ボーパルバニー相手にそんな軽装で大丈夫ですか!?」


「大丈夫だ、問題ない。三人の無事も確認した」


 さて、問題はボーパルバニーである。


 ひゅっカッ!


 突然顔の真横を何かが高速で駆け抜けた。


「団長!? 本当に大丈夫ですか!?」


 やっぱり普通に目でとらえるのは不可能か。


 ”ボーパルバニー”。


 通称”首狩りウサギ”。


 空間を捻じ曲げ、超スピードで二点間を跳び抜け、ピンポイントで首筋を掻っ切る最凶のウサギである。


 かわいい見た目に騙されてはいけない。

 コイツは空間魔法の使い手で、亜空間に姿を消したそこからワープバブルのように時空を歪めて超加速した後、対象の側面を駆け抜けて圧縮された空気と魔力による衝撃波のやいばで攻撃するという一連のルーチンが魂に刻まれている。

 なので、何も対策しなければ一瞬で首をふっ飛ばされてしまう。


 幸か不幸か、この空間は多重に結界が張られているため、ウサギの行動が抑制されて威力が減衰されているようだ。


 しかし、それはこちら側にも言えることである。


 どうするか?


 まあ方法は色々ある。

 まずボーパルバニーの弱点だが、


 ひゅカッ!


 このハイド→跳躍→ハイドの一連の動作に、ある程度の物理的空間の長さが必要で、そしてそれは必ず一定の距離で直線的に発動する。

 また、ボーパルバニー自体の魔力の出力自体は大したことなく、時空干渉するタイプの結界を通り抜けることは出来ないし、破ることも出来ない。


 ただ、逆にコイツの厄介な所は、その一連の動作がものすごく最適化されていて、条件さえ可能ならばどのような状況においてもそれが発動するところにある。

 それゆえ、一時期その生態の研究やアイテム素材としての乱獲に合い、今では保護妖魔獣に指定されている。

 なので、出来れば殺さずに保護したいところだが……。


「……ヤマト様。ここの結界ですが、あと五分ほどしか持たないとお考え下さい」


 そう、クードクが言うように一番の問題点はそこにある。


 結界魔法だってタダではない。


 どんな魔法だって、必ず魔力源がいるし、それが高度になればなるほど大量の魔力を消費する。

 なので、普段はその節約のために色々な対策を行っているのだが、今回のような緊急時にはそれが常時展開となるわけだ。


 もしもここで完全な魔力切れを起こしてしまった場合、他の魔物の結界の維持が出来ずにすべての魔物が外に放たれてしまうかもしれないし、俺が強引な魔法を使って結界が反応したら一瞬で消耗するだろう。

 今だって、俺が展開している複数の魔法やこのウサギが飛び回る事によりどんどん魔力がすり減ってしまっている。


「一応言っておくが、最悪の場合、ここにいる全ての希少生物を殺すことになるから、そのつもりで」


「……そ、そんな!?」


 俺がそう言うと、クードクが悲痛な声を上げた。


 正直言って、それが一番簡単な方法なのだが、勿論そんなことはやりたくないし、絶対にそうはならないようにしたい。


 正確な魔力残量が分かれば確実だが、それを探る時間は無い。


 なので、出来るだけ最小限の魔法でそれを実行する。


 ひゅカッ!


「ほら、捕まえたぞ」


 俺の目下に、空中に釘付けになっているボーパルバニーが現れた。


「……はえっ?」


 入り口の結界越しに、理解が追い付かない連中が、それを呆けた顔で眺めている。


 俺は室内の危険が亡くなったことを確認して、負傷者三人にかけていた結界魔法を解除する。


「クードク。結界の常時展開を切ってくれ」


「……えはっ!? はいぃ!!」


 変な声を上げたクードクが、走りなれてい無さそうな体勢であわてて駆け出す。


 しばらくすると、出入り口に張られた結界が解除され、憲兵連中が恐る恐る室内に入って来る。


「そんな慎重にならないでも、もう大丈夫だぞ?」


 俺がそんな連中に声をかける。


「いや、そうかもしれませんが……まさかこんなにあっけなく?」


 バラボンが信じられないという顔で、そう口にする。


「このウサギは生きているのですか?」


 カレンテが警戒する様子でウサギを見ていた。


 俺はウサギの魔力を封印しつつ捕らえた結界から出すと、空中に浮遊するそれを両手で優しく抱きしめる。


「この通り大丈夫だ。こいつ等は魔力さえ封印してしまえばただのウサギと変わらん」


 そう言って優しくウサギを撫でる。

 ウサギはすごく嫌がって、逃げ出そうと必死に暴れている。


 カレンテはその光景を放心して眺めていたが、直ぐにハッとなって、隊員にアメリアとンゴニーを運ぶように指示を出す。


「……大丈夫だから……あたしに……さわるな」


 そういいながらアメリアが奥から歩いてくる。


「いや、おまえフラフラじゃないか」


 明らかに大丈夫じゃなさそうなアメリアが、肩を貸そうとする男憲兵を押しのけて歩いてくる。


「すみません! これは気が回りませんでした。自分が上までお連れします!」


 カレンテが慌ててアメリアを支える。


「……いい……自分であるゲロッ!!」


「うわぁ!!」


 突然アメリアがボミリアして、カレンテにぶっかけた。


 四日目の実績が解除された瞬間だった。


「……ゴメン」


 謝った!?

 珍しいものを見てしまった。


「いや、自分は一向にかまわないので、とにかく運びますからじっとしていて下さい」


 そんな感じで、アメリアとンゴニーが憲兵に連れられて退場していく。


 俺は改めて室内を見渡す。


 とりあえず結界の損傷はなさそうだし、生き物も特に暴れる様子は無い。

 ここにいるのは強力な妖魔獣だけなので、なかなか肝が据わっているようだ。


 それにしても、この設備を維持するために、一体どれだけの金をかけているのだろうか。

 これは毎秒とんでもない魔力が常に消費されているように思う。


「ヤマト団長、お疲れさまです」


 ブラボンがそう言いながら俺に近づいてくる。


「お前は行かなくていいのか?」


「ええ、私は一応魔術係なので、ここの結界の維持を任されました」


 そういえば、魔法関係はずっとこいつが担当していたっけか。


「しかし、団長があんなこと言い出した時はどうなることかと肝が冷えましたよ」


 それは生き物皆殺しの件だろうか。


「ああ言っとかないと、そうなった場合こっちに責任が来かねないからな。悪いが予防線をはらせてもらった」


 まあ、もとはと言えばアメリアが招いた事なので、責任逃れとしてどれだけ意味があるか分からないが。


「それとあの、一体これはどうやったんですか?」


 ブラボンはボーパルバニーを指してそう言った。


「俺の首からの距離を逆算して目星をつけたら、そこから方向や距離を見計らって”トラップ”を設置、後は微調整しつつ待ち構えるだけだ」


 物凄く簡潔に言ったが、魔法使いならこんだけ言えば大体わかるはずだ。


「いやいや!? 言うのは容易いですが、そんな簡単にやっていいものじゃないですよ!? まさか生け捕りにするなんて考えもしなかったですよ!」


「こいつの魔法のプロセスは割れてるから、分かってればそんなに難しい事じゃない。パッシブトラップの反応速度を極限まで上げるのがちょっと難しいけどな」


 正確には生け捕りに出来たらいいなと考えただけで、単にそれが成功しただけだ。

 もちろん自信はあったが、失敗してトラップの中でウサギがミンチになっていた可能性も無かったとは言い切れない。


「はへー、御見それしました。失礼ながら、ヤマト団長は戦闘特化だと伺っていたので、こう言った繊細な魔法のコントロールは苦手な物と……」


 俺が合う人間のほぼ全員からこう言われるが、それはアメリアをはじめ他のメンバーがやらかした事がごっちゃになってると思われる。

 風評被害も甚だしい。


「まあ、最近あんまりまともな魔法を使う機会が無かったから、いい体操になったよ」


 こうして、一応何事もなく仕事を終えることが出来たのでした。


 めでたしめでたし。

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