第37話 正しい意味でのダンジョン
・登場人物・
ヤマト……主人公。勇者で憲兵団団長。
アメリア……女魔法使い。二発かましてちょっとスッキリした。
カレンテ……駐在部隊の女性隊長。趣味は人間観察。
サイナリア……妖精。自称二十三歳。
ボーラン……悪徳商人(確信)。準貴族。
**********
「おバカっ! 死んだらどうする!」
「死んでないからいいだろ別にうるせーなー」
俺はアメリアが失神させたボーランを叩き起こし、とりあえずアメリアを怒鳴りつける。
そしてタンスにかかっていた靴ベラで、壁を背に放心しているボーランの頬をペチペチと叩くと、
「ほら、気は確かか?」
俺はそう一言尋ねた。
「……はい。おかげさまで」
完全に観念した様子で、ボーランが力なく答える。
「今のは一体何だったんですか?」
カレンテが部屋をキョロキョロと見回しながら俺に質問する。
「ただ強力なだけの結界何て、何とでもやりようはあるんだよ」
今回使用されていた対人用結界は、魔法はもちろん物理に対しても強力な物だったが、それは魔力や大きな衝撃に対してである。
なので、完全に魔力を絶った状態でゆっくりと外に出れば、少し抵抗があるだけでヌルっと外に出られるわけだ。
本来は頑丈な檻と併用するべきものなので、設計ミスかボーランが用途を勘違いしていた可能性がある。
「ヤマトがあたしの魔力を完全に消してたからな。でも分かってても流石に怖いわ。あとやり方が最高にいやらしい。お前なら簡単に結界を破壊する事も出来たはずだろ?」
派手好きのアメリアと違い、俺は出来る限り粛々と事を進めたいのだ。
「もう堅苦しいのはナシだ。大人しく地下に案内しろ」
特に拘束はせず、俺は靴ベラでボーランをつついて立たせると、これも靴ベラを使って先ほどノックした壁を指す。
黙って指した方向へ歩いて行ったボーランは、二つのベッドの間にあるチェストの引き出しを開けると、そこに手を突っ込んで何かを探った。
ガタンと音がする。
「こちらです」
ボーランが向かって左側のベッドのヘッドボードに体重をかけると、そのままヘットボードが沈み込んで、その裏の壁がガタリの音を立て、飾り柱の部分に隙間が出来た。
「壁は手で押せますので、そのまま潜ってお入りください」
そう言って彼はヘッドボードを抑えたまま、その裏の壁を指差した。
言われた通り俺が壁に手をかけると、その壁が奥に押し込まれていく。
どうやらこの壁は、カーテンのように上部だけが固定されているようだ。
「まさかまた罠とかないですよね?」
カレンテが恐る恐る中を覗き込むが、他に何か仕掛けがあるようには感じない。
そのまま俺達四人と衛兵のうちの二人が壁の裏に入ると、ボーランも特に逃げる様子もなくそれに続いた。
最後にボーランが壁から手を離すと、ガチャリと何かがはまるような音がして、壁が壁に戻った。
屋敷の使用人達は、とりあえず正門を見張る手はずだった憲兵に任せてきている。
「この程度の仕組みだったら破壊しちゃえばよかったのに」
アメリアの大きい独り言を聞き流して、俺達は目の前に現れた地下への階段を下った。
途中の扉を開けると、今まで木製だった階段が石へと変わり、そこを誰一人一言も発さずに黙々と階段を下りていく。
一度踊り場を挟んだ後は一直線だったものの、三階建ての建物がすっぽり入るくらい深くまで階段を進んだ。
そうして進んだ先に、頑丈そうな金属製の扉が現れる。
「私が開けます」
そう言ってボーランが前に割り込むと、鉄の扉に手をかける。
「分かってると思うが、変な真似をするなよ?」
俺は一応、彼に釘を刺しておく。
ボーランは無言で頷くとドアのノブを、本来とは逆の上側へ押し上げた。
扉からガチャンと重そうな音がした。
そのまま扉に体重をかけると、少しだけ金属の鳴る音がするとともに、扉が向こう側へと開いた。
「ボーラン様! 大丈夫でしたか!? 最終防御結界が発動してたので、心配しておりました」
扉が開くなり、奥からそんな声が聞こえてくる。
「ボーラン様?」
いつもとは違うボーランの様子に気づいたのか、その声は不安そうな様子に変わった。
ボーランは何のリアクションもせず、黙って俺達を地下室へと招き入れる。
室内の声の主は、ボサボサの白髪にこれもボサボサのヒゲ、そして度の強そうなメガネという、いかにもな風貌だった。
俺たちが現れたことで、声の主の表情が強張る。
「見ての通りだ”クードク”。終わりだよ」
ボーランが覇気のない声でそう言うと、クードクと呼ばれた男は木製の丸椅子に力なく崩れた。
((デカ猿! こいつよ! こいつがあたちをとじ込めてたの!))
突然の念話が変態妖精から来て、デカ猿って何だよと思ったが、そういえば俺の事だった。
俺はそれを聞き流しながら地下室を見渡すと、そこは研究所のように棚にずらりとビンが並べられており、机には何かしらの資料が山積みにされていた。
当然ながら薄暗く、明かりは魔法に頼っているようだった。
そして、この部屋のさらに奥から、明らかに一種類ではない何かの鳴き声が響いて来ている。
「カレンテ、とりあえず応援を呼んで全員で調べよう。ボーラン、搬入口に憲兵の別動隊がいるはずだから、そこまでカレンテを案内してくれ」
俺がそう言うと、やはり無言で歩き出したボーランに、返事をしたカレンテがそれを急かすようについて行く。
「クードクと言ったか? 逃げても無駄だから、そこで大人しくしておけ。アメリア、お前は付いて来い」
本来ならアメリアにコイツの相手をさせたいところだが、アメリアとウデオナリアを二人残して置いて行くことは絶対に出来ない。
俺は改めて周囲を見渡す。
地下室の通路は狭く、主要な設備はこの付近に全て集約しているようだった。
通路ごとに区切られた区画には、それぞれ生物の食料と思われるものや、密輸された物品のサンプル。
そして、何やら動物の解剖された標本のようなものまで並べられていた。
『デカ猿。あたち吐きそう』
「アメリア、その妖精の目を塞いでおけ」
流石に四日連続で吐瀉物を拝みたくないので、俺はアメリアにそう命じる。
「なあこいつのゲロも甘いにおいがするのかな?」
「気になるならお前の口で受け止めてやれ」
すべての区画に軽く目を通した俺は、問題の場所へと差し掛かる。
先ほど地下へ入って来た扉と同じ鉄製の扉がそこにはあるが、その奥からはその頑丈な扉を貫通して、多くの生物の喚き声が聞こえていた。
俺はドアノブに手をかけ、ボーランがやったように上えと押し上げる。
しっかりした手応えでノブが動き、ガチャリと音を立ててロックが外れた。
「なんか音楽スタジオの扉みたいだな」
アメリアが背後で呟く。
俺はそのまま扉を押して開けると、そこには想像以上の光景があった。
まず耳をつんざくようなけたたましい鳴き声の応酬。
そして、物凄い量の檻、檻、檻。
「うわマジか! てかクッサ!」
獣臭が充満しており、見た目にもその環境が芳しくないように思える。
「おいお前あたしの後ろに立つな」
アメリアが、なぜか無断で付いて来たクードクに対してそう言っている。
「……案内が必要でしょう。この地下室はかなり入り組んでますから」
生気のない声で男は答える。
歩く気力もなさそうだったので置いて行こうと思ったが、それならそっちの方が都合がいい。
「ここにはどれだけ生き物がいるんだ?」
俺はクードクに尋ねる。
「……魚類や小さな生物を除けば、現在三百一匹の希少生物を飼育しています」
想定をはるかに超える量だった。
「それをお前ひとりで管理しているのか?」
「……さあ。どうでしょうね」
まあこの辺の聴取は憲兵に任せることにしよう。
「なあ! あれかわいい!」
アメリアが指差す先には、
「……それは”ハティ”という妖狼の子どもです。この部屋の生き物はあまり危険度が高くありませんが、触らないようにしてください」
俺はアメリアを横目で見る。
「いや触んねーよ。あんまりあたしをバカにすんなよ?」
ついでに俺はサイナリアの様子も確かめるが、黙って檻の様子を見ているようだった。
そもそもこの檻がある部屋はテレパシーが阻害される結界が展開されているため、念話がうまく通らないと思われる。
「……あなた、その妖精ですが、ちゃんと糖分を与えていますか?」
更に奥へと続く通路を進んでいると、突然クードクがアメリアにそんなことを言い出した。
そういえば、こいつが何かを食べているところを見ていないな。
流石に何も与えてないという事は無いと思うが。
「……その種の妖精は代謝が良いのと糖分からしかエネルギーを摂取しないので、こまめに糖分補給が必要です。もし何も無いならこれを与えて下さい」
そう言って男が俺に小さな水嚢を渡して来る。
「……砂糖水です。変な物は入ってません」
確かに、男から渡されたものは、純粋な砂糖水の様だった。
俺はそれをアメリアに手渡す。
アメリアはそれをサイナリアの顔に近づけると、彼女は一瞬顔をしかめて臭いを嗅いだ後、それに口を付けた。
砂糖がそこそこ高価な事を考えると、妖精を一人養うだけでも、かなりの金額がかかることになる。
「……あなた方から見ると酷い環境に見えるかもしれませんが、我々はこれでも精一杯のケアを心掛けているつもりなのですよ」
本当にそうかは分からないが、男が生物に精通している事は間違いないだろう。
しかし、昨日のこのサイナリアの輸送の仕方を見る限り、環境はあまり良いようには思えないのだが。
そんなことを考えながら、そのまま俺たちは入り組んだ地下道を進み続ける。
想定した通り道は多岐にわたり、どうやら大まかな区画分けをして管理しているようだった。
「まるでダンジョンだぜ」
「正しい意味での
クードクと俺達は通路を進んだ先に現れた金属製の扉の前で止まる。
「……ここから先は危険な生物が多数いますので、くれぐれも近づかないようにお願いします」
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