第36話 お前だけは助けてやる

・登場人物・

ヤマト……主人公。勇者で憲兵団団長。

アメリア……女魔法使い。まだやり足りない。

カレンテ……駐在部隊の女性隊長。趣味は人間観察。

サイナリア……妖精。自称二十三歳。

ボーラン……悪徳商人(疑惑)。準貴族。


**********


 屋敷は結界で厳重に守られており、普通の探知魔法は通らない。


「結界を切ってくれ」


 それを一言ボーランに伝えると、


「いかに憲兵団長様のお願いとあっても、それは出来ません。ご存じでございましょう?」


 コイツはそう言うっているが、これは恐らく嘘だろう。

 こういう時のお約束パターンとして、安全上の問題や他の基幹システムと連動しているなどと何かと理由をつけて結界を切ることを渋るのだが、ここまで金をかけておいて、そんな脆弱性のある結界を構築するわけがない。

 なので、この場合は百パーセント何かしら後ろめたい物を隠している。

 かといって、無理やりぶっ壊して後でいちゃもんをつけられるても困るので、相手が何かしかけてこない限り、手荒な真似は出来ないのだ。


 俺は無言で屋敷の廊下を歩く、時折ボーランやアメリア達の事を気に掛けるが、今のところ何かしでかす様子は無い。


「あのヤマト様、少しよろしいでしょうか?」


 ボーランが恐る恐る発言する。


「何だ?」


「あの、そのガ……女性が連れている妖精は一体」


 やはりそこは気になるか。


「何だと思う? 貴殿なら分かるんじゃないのか?」


 俺は立ち止まらずに聞き返す。


「い、いえ……。お連れに妖精を連れている方を始めてみましたので、珍しくて伺っただけです」


 なんとも面白味の無い返答だった。

 まあとりあえずいいだろう。


「なあヤマトやっぱりアタシも――」


「魔導士アメリア。何か分かったのか?」


 俺は食い気味にそう言って、アメリアを睨みつける。


「……いいえヤマト団長。妖精が何か悪戯いたずらをしたようですわ」


 俺はただやみくもに歩いているわけでは無く、結界の配置や屋敷の大まかの構造で、隠し通路がある位置は大体判別できる。

 特に今回は地下室なので、その発見は容易いと考えている。


「この屋敷の地下室はどこにある?」


 俺がボーランに聞くと。


「台所の下に、食品の貯蔵庫がございますが、部屋と言えるものはそのくらいでございます」


 淀みない答えが返って来る。


「では、町はずれに何かの搬入口のようなものがあるようだが、それは何だ?」


 続けてそう言うと、俺はちらりとボーランの様子を伺う。


「はて? 申し訳ございませんが、私の知る限りそのような物はございません。他の商家の物なのでは?」


 不自然なほどスラスラとしゃべるボーラン。

 やはり用意していた答えの様だ。

 

 裏口を特定できているのであれば、そちらから踏み込んだ方が早いように思われるが、それがダミーだった場合や、遅延工作に会ってその間に逃げられる等の可能性を潰すため、結局正面から踏み込むのが手っ取り早いのである。


 まあ、ぶっちゃけ俺はどっちでもいいんだが。


 そうやって歩いているうちに、俺達は屋敷の最奥までたどり着く。

 外で見るよりもかなり大きな屋敷だ。

 そこは丁字に折れており、両サイドに幾つかのドアが並んでいた。


 俺は外壁側の一室のドアノブに手をかける。


 ボーランの様子を確認するが、表面上は特に変わったような感じは無い。


 ガチャリ。


 扉を開けると、中は住み込みのメイドの部屋だろうか、質素なベッドが二つ並んでおり、化粧台と少ない生活用品がある。

 使用人にまでここまでの設備を用意しているとは、相当儲かっていると思われる。


 俺は扉を閉めると、次は隣の部屋に向かって歩く。


 そこで俺は足を止める。


 そして唐突に回れ右をすると、驚いた全員の顔が目に入る。


 しかし、俺はそれを気にせずに困惑した顔の真ん中を突っ切ると、今進んだ道の逆サイドに歩き始める。


 それから一室一室、同じように開いて、中を確かめていく。


 そうして一番角の部屋に差し掛かった。


 俺は先ほどに続いて、その部屋のノブに手をかける。


 ガチャリ。


 何事もなくすんなりドアが開く。


 中は先ほどと同様にベッドが二つあるが、マットレスが敷かれておらず、今はその両方とも使われていないようだった。


 俺は部屋の中に無言で踏み込む。


「あのヤマト様? この部屋は今は使っておりません。資料を調べたいのであれば、書斎までお連れしますが?」


 今まで黙ってついて来ていたボーランが、ようやくここで口を開く。


「使ってないだと?」


 おれは木製の床に靴底を擦り付ける。


「その割には汚れているようじゃないか?」


 そう言ってボーランの顔を見る。


「そのようですね。後で使用人に仕置きをせねばなりません」


 これはアドリブだろう。

 なかなか冷静に返すものだと、俺は少し感心する。


 しかし……。


「ボーラン殿。しらばっくれなくてもいい。種明かしをすると、俺は最初からここまで、ずっと貴殿の心音を聞いていた」


 俺はもう一度ボーランの顔を見るが、特に焦る様子は無い。


「皆まで言わないでも、俺の言いたいことが分かるはずだ、違うかね? ボーラン殿」


「申し訳ございませんが、言っている事の意味を図りかねます」


 ボーランの表情は変わらない。

 しかし、今度は明らかに呼吸の乱れを感じる。


 無論、心音も今までで一番高鳴っている。


 俺は、何のためらいもなく土足でベッドのフレームに上ると、その奥の壁を手の甲でコンコンとノックした。


「ここに一室、狭い部屋がある。隣の部屋と部屋の長さが合わないからな。だが、それだけだと隠し部屋か、ダミーという可能性もある」


 一応誰かの反応を待ったが、その場の全員が黙ってその先を待っている。


「でも、ここだけ結界に細工してるんだよ。部屋の大きさをごまかすようにな」


 そう言ってボーランの顔を見る。


 正直そろそろ顔色をうかがうのも飽きて来たので、これくらいで観念してほしい。


「はあ……。流石ヤマト様ですな。おっしゃる通りでございます」


 俺の願いが通じたのか、ボーランは目を閉じて首を振りながらそう口にした。


「屋敷の中央に作る者が多いと聞いていたので、少し捻ってみたのですが、あなた様には意味が無かったようです」


 何だか語り出すような雰囲気だが、そろそろ現場に踏み込みたいので――


「ですが詰めが甘いですなッ!!」


 バシーーーンッ!!


 ボーランが扉付近の壁に飛びのくと同時に、物凄い魔力の波動と共に部屋の大部分を囲む結界が展開された。


「ふふふ……はははは……ふはははははははははははあ!!」


 ボーランの高笑いが結界越しに小さく聞こえる。

 入って来る光も拡散されているようで、結界との境がゆらゆらと虹色に揺れている。

 俺達四人とボーランおつきの衛兵が一名、結界の中にとらわれた形となる。


「勇者ヤマトぉ!! 貴様はここで行方不明となっていただく!! 残念だが領主も町長も私の言いなりだ、これくらいいくらでも隠ぺいできるのだよ!!」


「ボーラン様!! 私はどうなるんですか!?」


 一人取り残された衛兵が悲痛な叫びをあげる。


「ん? 何ぃ? すまんが聞こえんなぁ~。とりあえず君はその中で、彼らを見張って置いてくれたまえ!」


 悪役お得意のニチャニチャ笑いを浮かべながら、ボーランが俺達にポケットから取り出したハンカチを振っている。


「ヤマト団長! マズいです! この結界は対人用の特別強力な物です!! ど、ど、どうしましょう!?」


 今まで冷静を保っていたカレンテが、ここぞとばかりに慌てふためいている。


「おいヤマト息苦しいからはやくなんとかしろよ。さもないとあたしが屋敷ごと吹っ飛ばすぞ」


 庭の件だけじゃ飽き足りなかったのか、アメリアが物騒なことを言っている。


「おおっとしまった! その妖精ちゃんを回収するのを忘れていたぁ!!」


 そして、なんともオーバーなアクションで、ボーランが叫んだ。


「おいそこのガキ! その妖精を連れて、お前だけこっちに来い! (おいっ、この手前の区画だけ解除出来ただろ、分かる奴を呼んで来い)」


 最後のは小声で言っているが、俺には丸聞こえである。


 アメリアが俺の方を見るので、俺は手で「行け」のジェスチャーをする。


「そうだそうだ! そしてここまで来たら妖精を置くんだ、そうすればお前だけは助けてやる!」


 これまた大声でボーランが叫ぶ。

 アメリアはそれに従って、妖精を連れて黙って歩いて行く。


「よし! そこで妖精を置くんだ!」


 ボーランが指を指す地点までたどり着いたアメリアが、俺の方を振り向く。


「これ大丈夫なんだよな?」


 その問いに、俺は無言でうなずく。


「何話してるんだ! そうだ、早く妖精を……んっ? あれ?」


 アメリアは妖精をその場に置くと、結界に向かい、ヌルリと結界の外に出る。


 状況が理解できず、ボーランが目をぱちぱちする。


「タッチ」


 アメリアがそう口にしてボーランに触れると、


 バシコーーーーーーーーン!!!!


「ギャアアアアアアアア!!!!」


 ボーランが弾かれるように室外に吹っ飛んでいった。

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