第35話 やっておしまいなさい
・登場人物・
ヤマト……主人公。勇者で憲兵団団長。
アメリア……女魔法使い。そろそろ一発かましたい気分。
カレンテ……駐在部隊の女性隊長。趣味は人間観察。
サイナリア……妖精。自称二十三歳。
**********
「おい貴様ら、ここがどこか知らないわけではないだろう? 一体何を騒いでいた?」
門の前に来るなり、門番に至極まっとうな事を言われる。
そして門番はカレンテの存在に気づくなり、馬鹿にしたような笑みを向けると、
「何をしに来たカレンテ、迷子の猫でも探しに来たのか? 旦那様は忙しいんだ。用が無いならとっとと帰れ」
最初の質問を待たずして、門番は矢継ぎ早に言葉を続けた。
「いや、今回はその旦那様に会いに来たんだ。大事な話がある、通してもらうぞ」
そう言うカレンテに、門番は大げさに鼻で笑う。
「フンッ! お前ら憲兵ごときが旦那様に何を言う事がある? 大体、アポはあるのか? 今日は来客の予定があるとは聞いていないぞ。さあ、帰れ!」
普段憲兵がどれだけ舐められているのか分かる対応だった。
そして、その門番は俺やアメリアに目を向け、誰だコイツと言いたげな表情をする。
「それはこちらの方からお話していただく。お願いします団長」
そう言ってパスを受けた俺は、制服の懐から巻物を取り出す。
「団長ぉ? ああ、そう言えば何かそんな噂を聞いたな」
足先から頭の上まで、門番の目線が動くのを感じた。
「いかにも、自分は聖王国憲兵団、団長のヤマト・フジである。国王様よりボーラン・ラルゴー邸宅の捜索を仰せつかった。こちらが令状である。お前たちに反論の余地は無い。早急に門を開けろ」
門番の眉がピクリと動き、目線が令状、胸の略章、そして立襟の階級章へと移る。
「なるほど、確かに間違い無いようだな」
そう言って、もう一人の門番に目くばせをする。
「しかし、大変残念ですが、本日旦那様は本宅にはおられません。旦那様にご用がおありでしたら、また日を改めておいでください」
いささか
その言葉に対してカレンテが、
「そんなはずは無い。氏の在宅はすでに確認済みである。直ぐに門を開けよ、さもなくば国王様への反抗と捉え、しかるべき行動に出る」
カレンテが言い終わるのを待たずして、もう一人の門番が脇戸に手をかけるのが目に入る。
そしてそのまま門の内側に入ると、屋敷の入り口に向かって走り出した。
「そこのお前! 何をしている!」
カレンテが叫ぶ。
「今、確認に向かっております」
門番が無表情で言う。
「いらん! 止まれ!!」
しかし声の先の人間は止まる様子が無い。
ガシャーーン!!
俺は門の結界を壊すと、中の門番を”念動力”で捉えて勢いよくこちらへ手繰り寄せる。
「ぐうっ!?」
そのままその門番を門の内側へ押し付けると、
「どこへ行こうというのかね?」
メンチを切りながらそう口にした。
「い、いやあ。急いで……急いで旦那様にお伝えしようと……」
「旦那様は居ないといっていなかったか?」
俺は相手の返答を待たず、門に手をかけてそれを押す。
大きな鉄製の門がまるで木戸のようにすんなりと開く。
「お、お待ちくださいっ」
門の外側の方の門番が焦って俺を引き留めようと肩を掴もうとする。
「ぶべっ!?」
とりあえず彼は重力魔法で地面に接吻させておいた。
門番二人をはりつけにしたまま、俺達は門をくぐって前庭に入り、自分を先頭にそのままズカズカと玄関に向かって歩いて行く。
しかし、流石はこの国有数の豪商と言われるだけあり、騒ぎを聞きつけた兵隊が、色々な場所から慌てて飛び出して来る。
「アメリアさん。やっておしまいなさい」
俺がそう言うと、待ってましたとばかりにアメリアが杖を構える。
『”エアリアル・インパクト”!!』
バキバキバキバキ!!!!
庭全体に巨大な衝撃が走り、出てきた兵隊が一斉に庭に接吻をする。
屋敷の結界が悲鳴を上げ、外壁や庭の装飾物に亀裂が走る。
「アメリアさん。ちょっとやり過ぎではないですかね?」
屋敷内で暴れられても嫌なので、この辺で一旦アメリアのフラストレーションを開放させておこうと思ったのが良くなかった。
後で賠償を請求されなければいいが。
((やるわねアメリア!))
サイナリアが念話を送って来る。
((おい、館内で念話は使うなといったはずだ))
俺はサイナリアを嗜めるが、
((まだお庭なのよ?))
「何事だ!?」
一人の執事風で白髪の老人が、焦った様子で玄関の扉をあける。
「自分は聖王国憲兵団、団長のヤマト・フジである。お宅の旦那様に用事がある。早急に取り次げ!」
俺は威風堂々と屋敷の玄関に向かって歩きながら、叫ばない程度のボリュームで言い放つ。
「ひぃっ!」
老人は小さく悲鳴を上げてたじろぎ、扉から手を離した。
静かに閉じかけたそれを俺は、
バーンッ!!
念動力で勢いよく全開にした。
「ぎゃあっ!?」
驚いて尻もちを搗く老人。
「素直に応じれば悪いようにはせん!」
そう言いながら俺は歩みを進め、ついに老人の目の前まで来てそこで止まった。
「ボーラン・ラルゴーはどこだ?」
老人を見下ろしながらそう伝える。
「え……ああ……」
口をパクパクさせて、老人はあたりをキョロキョロと見回す。
「もう一度言う。ボーラン・ラルゴーはどこにいる?」
そう言いながら、俺は腰に差した刀に手をかける。
「ひいいぃぃぃぃいい!!」
老人は掠れた叫び声を上げ、全身をガタガタと震わせると、グレーのスラックスの股間あたりがみるみる変色していく。
しまった。
俺もちょっとやりすぎたかも……。
「何だ!? 何事だ!?」
今度は奥から別の男性の声が聞こる。
そして間もなく、豪勢なホール階段の上の柵から、小太りの男が上半身を覗かせる。
趣味の悪い服装からして、こいつがボーランだろう。
「おい!! 衛兵は何をやってる!! 誰か!! だれかぁあ!!」
男はしゃがれ声で屋敷中に喚き散らす。
「静かに! 貴殿がボーラン・ラルゴーで相違ないな?」
ここは静粛にの方がキマったかな思っていると、ボーランはその問いには答えず、
「誰だ貴様!? どうやってここに入った!? 門番はどうしたんだ!!」
そうこうしている間に、屋敷中の兵隊が玄関ホールに集まる。
しかし、事態に慣れていないのか完全に狼狽えている。
なぜかメイドまで駆けつけて、恐る恐るこちらを伺っている。
「俺っ……自分は聖王国憲兵団、団長のヤマト・フジである。もう一度聞くが、貴殿がボーラン・ラルゴーで相違ないな」
今日何度目か分からない自己紹介をして、相手の返事を待った。
「団長!? ヤマト!?」
目を丸くして固まる男。
周りの衛兵達はどうしていいか分からない様子で、中途半端に武器を構えてそれぞれが顔を見合わせている。
「我が名はアメリア! 聖王国魔術士団の魔法使いにして――」
「お前はいらんことを言うな」
ボーランらしき男は色々な事が頭の中を駆け巡ってる様子で、とても面白い顔をしていたが、しばらくしてようやく落ち着いたのか、彼は襟を正してズボンをずり上げると、大きく咳ばらいをして、
「う゛う゛ん! これはこれは、大変失礼いたしました閣下。遅ればせながら、私がボーラン・ラルゴーでございます。お前たち、武器を下げなさい」
そう言ってうやうやしく一礼すると、ゆっくりと階段を下りてきた。
「高い所から失礼いたしました。しかして閣下、本日はどのようなご用件でお越しになったのですか?」
白々しい薄ら笑いを浮かべたボーランが俺に尋ねる。
俺はカレンテの様子が気になったが、俺より後ろにいるため伺うことが出来ない。
「自分の事はヤマトでいい。本日の要件だが、貴殿に人身売買と物品の密輸の容疑がかけられている」
そう言って俺は令状を広げる。
ボーランは令状をちらりと見ると、わざとらしく驚いたリアクションをして、
「ななな、なんと! いやはやヤマト様。僭越ながら、私には何のことだか見当のつきません故、はなはだ
おそらく寝耳に水的な意味だと思われる。
ボーランの、そのとぼける様な表情がえらく癇に障る。
「それはいずれ分かる。屋敷を改めさせてもらうぞ」
そう言って俺は後ろを振り向く。
固まっているカレンテと目が合う。
「あっはい!」
彼女は何か良く分からない返事をする。
そして問題はアメリアだ。
俺は屈んでアメリアの耳元に顔を寄せると、小声で。
「お前は言った通り、俺に付いて探知魔法を使う振りをしろ。いいか振りだぞ? 絶対に何もするな?」
そうやって念を押すと、逆に不安になってしまうのは日本人の性だろう。
あと、なんか妖精から本当に甘いにおいがした。
「ええと、ではヤマト様を応接室までお連れして――」
「必要ない」
ボーランに対しそう断言して、俺はズカズカと屋敷の奥へ続く廊下に向かう。
「ちょちょちょ、ちょっとヤマト様!」
慌てて俺を追うボーラン。
その後に数名の足音が付いて来た。
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