第28話 職権乱用

・登場人物・

ヤマト……主人公。勇者。変態。

アメリア……女魔法使い。ゲロイン。魔法は火力だぜ!

バジョン……魔動車の運転手。整備もこなすエリート。

ジャウベ……憲兵A。巡査長。

ンゴニー……憲兵B。ヤバいやつの匂いがする。

オルトウ……憲兵C。

バラボン……憲兵D。小太り。

妖精……小さい。羽は飛ぶための物ではないらしい。


**********


 道中、アメリアは膝に乗せた妖精を弄っていた。

 髪の毛を触ったり、小さな手のひらをぷにぷにしたり。


 妖精はそのほとんどを潔く受け入れていたが、羽を触ろうとした時だけアメリアの手を払いのける動作をした。


「なんかこの子甘いにおいがする」


 唐突にアメリアがそんなことを言い出した。

 男が言ったら大層キモイ発言だろう。


「それはそのタイプの妖精。我々はは”小妖精”って呼んでいるんですが、その種の多くが蜜とかの糖分しか摂取しないためだと思います」


 バジョンがアメリアに説明する。

 知識として知ってはいたが、改めて聞くと本当に昆虫みたいな生態をしたている。


「いいなぁ。あたしも体臭がこんなんならもっとモテるのかなぁ」


 と言って、妖精の髪に頭を突っ込んで匂いを嗅いでいる。

 これはもう完全に猫かなんかだと思っているようだ。


 ちなみに、アメリアのモテたいというのは、単に周りからチヤホヤされたいというアホみたいな意味で、男女のそれとは違う模様である。


「そういえばそいつ、喉とか乾いてないのか?」


 俺はふと思ったことを口にする。


「あー。流石に水は飲むと思うので、与えてあげてみてはどうですか?」


 その言葉を聞いたアメリアが、自分の水嚢を手に取ると、その蓋に少量の水を汲みだす。

 そしてそれを妖精の口にそっと持って行った。


 妖精はそれの臭いをかぐような仕草をすると、恐る恐る手に取り、ゆっくり口に運んだ。


「おお! 飲んだ飲んだ!」


 小さい水嚢の蓋が、それとの対比で大きく見える。


「ん? もっといるのか?」


 妖精が水嚢を指差すような仕草をしたため、アメリアが再度水を汲んで与えていた。

 不覚にも、妖精がちょっとかわいいと思ってしまった。


「なあバジョン。妖精ってどうなん?」


 その漠然とした俺の質問を彼はくみ取って、


「妖精にもいろいろありますが、小妖精は数が少なくて臆病なので、滅多に他のヒト種の前には姿を現さないと聞きます。とある国では近年まで伝説上の生き物とされていたとか。なので、推測になりますが、相当な価格で取引されているのではないでしょうか?」


 俺はちらりと、水を飲んでいる妖精を見る。


「それにその見た目です。愛玩として相当な人気があるんじゃないですかね? もちろん、人身売買なのでかなりの重罪ですが」


 そのバジョンの言葉に、アメリアがじろっと俺を見た。

 何見てんのよー。


「俺には人間の幼児にしか見えんのだが、こいつ何歳くらいなんだろうな」


 俺は質問というより独り言に近い感覚で思ったことを口にした。


「さあ? さすがに私も本物を見るのは初めてなので」


 そこで会話が途切れる。


 魔動車は比較的ゆっくり目のペースを維持しながら道を進む。

 その後ろを憲兵のオルトウが、押収した馬車を操って付いて来ている。


 あと町までどれくらいか分からないが、太陽は山脈に差し掛かり、既に暗くなってきていた。


 そのまま何事もなく魔動車は道を進み続けた。


 辺りがすっかり暗くなったころ、相変わらずアメリアは妖精をいじって遊んでおり、妖精は嫌な顔一つせず、されるがままになっていた。


「さて、そろそろですよ」


 バションがそう言うと、間もなく前方に人工的な光が現れた。


 門を挟むように建てられた篝火が、石造りの城壁を照らしている。


 周囲には、恐らく日中に関所を抜けられなかった人々が、野営を行う準備をしているようだった。


 魔動車はその人の群れの真ん中を突っ切り、門の正面で停車した。

 遅れてオルトウも馬車を止める。


 バションが魔動車の扉を開けると、オルトウがそこに駆け寄って来る。


「門は自警団が取り仕切っているので、私も一緒に行きます」


 俺はてっきり憲兵が門番をやっているものと思っていた。

 促されてバジョンが魔動車を降りると、その向こうから怠そうな顔をした門番がダラダラと歩いてくるのが見えた。


「何だ貴様? もう門限は過ぎたぞ?」


 その門番は非常に高圧的な態度でそう呼び掛けてきた。


 まだ日没からそんなに時間は立っていないはずなのだが、既に門は固く閉ざされている。


「すみません。こちらは貴賓の方々ですので、門を開けて頂けないでしょうか?」


 オルトウが門番に交渉しているのが聞こえるが、えらく下手に出ている言葉遣いだ。


「貴賓? ああ、そういえばそんなことを聞いていたな。だが、今日はもう門限過ぎだ。特別扱いは出来ない。明日は一番で入れてやるからそれまで待て」


 そうやってあしらわれている。


「緊急の要件もあるので、なんとかなりませんか?」


「駄目だ。明日まで待て」


 そう言って歯牙にもかけない様子だ。

 そもそも、憲兵の彼自身も入れてもらえないような雰囲気である。


「まあ遅れたのは我々ですし、大人しく明日を待ちましょう」


 バジョンがそんな甘っちょろいことを言い始めたので、


「おい。替われ」


 そう言って俺は魔動車の扉を開け、地面に降りる。


「貸せ」


 そう言って俺はバジョンが持っている通行手形だと思われる巻紙をぶんどると、


「俺の身分はあかしてもかまわないんだよな?」


「ちょっとヤマトさん、あまり事を荒立てないよう――」


 返答を待たずに、俺は門番の前に進み出る。


「おい貴様。な、何だ貴様は……」


 俺の圧に明らかにたじろいでいるが、門番はその強気の姿勢を崩さないよう踏ん張っている。

 その様子に疑問を持ったのか、もう一人いた門番もこちらに向かってくる。


 俺は手の中のそれを広げて確認すると、それを印籠のように門番の鼻先へ突き出す。


「聖王国憲兵団、団長の”ヤマト・フジ”だ。ここには王国の命で来ている。急ぎだ、門を開けてもらおうか」


 そう言って強引に相手の胸へ紙を押し付ける。


 門番は渋い顔でそれを受け取ると、中身に目を通す。


「おいどうした?」


 もう一人の門番がそいつに声をかける。


 門番はその問いかけには答えず、一通りそれを読み終えると、


「確かに。しかし、いかに憲兵団の団長様といえどルールはルール。例外を認めるわけにはいきませんな」


 相手はかたくなに門を開ける様子は無い。


「お前はそう言うが、本当に例外は無いのか? 誰であっても絶対に通さないと言い切れるか?」


 俺はそう口にしながら相手に詰め寄よる。


「ありませんな」


 気おされながらも、門番ははっきりと答える。


「なるのど、であれば俺は憲兵団本部に調査を要請して本当に例外が無いかを調査しよう。過去の履歴に周囲や関係団体への聞き込み、そして今後は門に憲兵も同時に置くこととしよう」


「えっ!?」


 横でオルトウの顔が引きつる。


 そしてそれは門番も同様だ。


「何を勝手なことを! そんなめちゃくちゃな事がまかり通るとは思えませんな!」


「何が困ることがある? 何か調べられるとマズいのか? 言っておくが、もしこれで不正があるようならお前らの立場は無いからな? 分かってるよな?」


 そして相手に反論を許さずに畳みかける。


「お前らよく考えろよ? この町がどういう町かはお前らが一番知ってるだろ? 今門を開けるか、明日門を開けるかの違いだ。ここで憲兵団長である俺の機嫌を損ねるような事か?」


 門番は何か言いたそうだが、苦い顔をして口をもごもごさせている。


「もう一度聞くからよく考えて答えろ? 俺は憲兵団団長。そのすぐ上には国王様。命令だ、門を開けろ」


 俺は息がかかる距離まで顔を近づけ、彼を睨みつける。


 門番が横に目を逸らす。


「……少々お待ちを」


 そう言ってゲートハウスの方へ歩いて行くと、そこにあった扉を開けて中に入って行った。


 残されたもう一人の門番は、居心地が悪そうに眼を泳がせている。


 しばらくして再度その扉が開き、先ほどの門番が出てきてこちらへ歩いて向かってくる。


「……例外中の例外です。今回に限り門を開けますので、急いでお通り下さい」


 酷く不満そうな顔でそう伝えて来た。


「話が分かる奴で良かった。俺も出来れば悪いようにはしたくないんでな」


 大きな観音開きの門が開き、木組みの格子戸も引き上げられる。


 門の先の街の薄明かりが目に入った。


「さて、行こうか。ついでだからコイツも通してくれ」


 俺はそう言いながらオルトウを指差す。


「……まあ、いいでしょう」


 門番がそう言うのを聞いて、俺は魔動車に乗り込む。

 続いてバジョンも運転席に着く。


 そしてドアを閉めると。


「あんなこと言って! 一応この町には駐在所の視察って事にしてあるのに、絶対警戒されたじゃないですか!」


 珍しく声を荒げて、バジョンがそう言った。


「職権乱用どころかただのクレーマーじゃん。まああたしは助かるからいいけど」


 もちろんさっき言った事を本当に実行する気は無いし、そんな事言い出したら総帥に俺が怒られてしまう。

 そして今頃オルトウ君の頭の中では、俺が言った事がグルグルと回っている事だろう。


 本当に申し訳ない。


 しかし、それもこれも温かいごはんとベッドのための些細な犠牲である。

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