第23話 化学変化術式魔法

・登場人物・

ヤマト……主人公。勇者。清掃業。

アメリア……女魔法使い。ゲロイン。魔法は火力だぜ!

バジョン……魔動車の運転手。整備もこなすエリート。


**********


 改めて見ると酷いな……。


「ヤマトさん。いけますか?」


 当然のように俺に処理を頼むバジョン。


「バション君頼むよ」


 なんでガキの体を洗った後に車まで洗わにゃならんのだ。

 しかも、これは見てるだけでも気分が悪くなりそうだ。


「私、水系の魔法はちょっと……」


 嘘だ。


 魔動車の運転手は魔法の精密操作が得意なはずだから、水属性みたいな魔法はむしろ得意分野のはずだ。


「魔動車の運転手でも、水系は苦手な人間結構いるんですよ……」


 その俺の考えを見透かしたように、彼は言い訳をする。


 ここで押し問答していても時間が過ぎていくだけなので、ここは俺が折れることにした。


「分かったよ……。でも、室内だけしか無理だぞ?」


「ありがとうございます。それで大丈夫です。後は向こうに着いたら私がなんとかしますので」


 俺はまたため息をつき、社内の清掃に取り掛かる。


「魔動力部には触れないようにして下さい」


「善処する」


 そう言われた通り、俺は魔動力部との境界ギリギリを攻めつつも慎重にスキャンして、汚れを確認しながら魔法でそれを取り除いていく。

 魔法でそれに触れるのは、手で触れるのとはまた違う、すごく嫌な感覚がある。


 掻きだしたそれが宙にプカプカ浮いているのを見て、昔見た宇宙船の映画を思い出していると、横から「うわぁ……」という声が聞こえてきて、やっぱり自分がやりたくなかっただけなんじゃないのかと疑問に思う。


 こんなの、この後自分が乗るのでなければ絶対にやらないのに!


 そして、隅々まで洗浄したら仕上げである。


 ”泥水から蒸留で高純度の水を生成する術式魔法”で蒸留水を生成!

 シート内部に温水を浸透・脱水、これを繰り返す!

 温風魔法でしっかり乾燥!

 仕上げに”大気中の酸素から印加電圧による無声放電でオゾンを発生させる化学変化術式魔法”で室内を完全消臭!


「すごい! まるで新品の様だ!!」


「そこで気になるこちらの魔法! 今回このテレビをご覧の皆様だけのお買い得価格で、お値段なんと!!」


「??????? えっ? て、てれび?? ヤマトさん一体何を言っているんですか?」


「お前ってちゃんとした術式魔法使えたんだな」


 着替え終わったアメリアがそう言いながら、何事も無かったようにシートを匂っている。


「それ、あんまりすぐ近づくと体に悪いぞ」


 俺がそう言うと、エミリアは一瞬固まって無言で顔を離す。


「なんか良く分かりませんが、化学変化術式がとてもお手軽な物だと錯覚してしまいそうです」


 化学変化術式は、読んで字のごとく工学的な化学変化を魔法で再現するもので、過去には錬金術式と呼ばれていた。

 最初は俺も、こんなものがあるのなら文明開化余裕じゃんと思っていたが、そんな簡単な問題ではないらしい。


 ちなみに、オゾンを発生させる術式はかなり難易度が高い部類に入るのだが、便利なので習得している奴が割といる魔法だったりする。

 アメリアは気づいてないようだが、俺は宿屋に留まる初日に、毎回布団を高温乾燥させた後にこれを使用しているのだ。


「アメリア。お前は感覚で魔法を使うのをやめろ。お前はまだその域には達していない」


 俺はこれを何度も口を酸っぱくして言っているのだが。


「大丈夫大丈夫ちゃんとやってるから」


 毎度こんなかんじで暖簾に腕押しである。


「なあついでだからこのゲロまみれの服も洗濯してくれね?」


 地面に雑に放り投げられた服を指差しながらアメリアが言う。


「さっきちゃんとやってるって言ってただろ? 自分でやれ」


「あたしは攻撃魔法専門なんだ。早くやらないとこのゲロまみれの服をそのままトランクに押し込んでやるぞ」


 なんか昔、そんな着メロあったような気がする。


「じゃあここで燃やしていけ」


 俺の言葉を無視してアメリアがトランクに服を押し込めようとするので、慌ててバジョンが止めに入ろうとした時。


 ??


「待て」


 俺は一言そう言った。


「え? 洗濯してくれんの?」


「違う。何か来る。様子がおかしい」


 俺は目的地側の道の先を見据えながら言った。

 そして、広げていた索敵魔法の範囲を対象に絞る。


 ほどなくして、その先に一台の馬車が現れた。


「あの馬車の事ですか?」


 バジョンが尋ねる。


 そしてその後方に更に一台の馬車が見える。

 徐々にその様子が顕わになると、かなりの猛スピードでこちらに向かってきているのが見て取れた。


「なんか追っかけられてね?」


 アメリアも目を細めて道の先を凝視している。


「前は小型の荷馬車ワゴンで、後ろは憲兵だな」


「チェイスですか」


 このぬかるんだ道をあのスピードで疾走して大丈夫なのだろうか。

 いや大丈夫では無いだろう。


「前の馬車は速達用の小型車両ですね。あれでは憲兵隊は分が悪いでしょう」


 今の所なんとか食い下がっている様に見えるが、息切れするのも時間の問題だろう。


「おいヤマトお前の仕事だろ」


 アメリアが他人事のように言うが、出来れば厄介ごとに首を突っ込みたくは無い。

 しかし、俺は一応憲兵なので、これをスルーして後で何か問題が起こる方が面倒な気もする。


「はあ……。しょうがないな……」


 そういって俺は道の真ん中に出る。

 今日は何でこんなに問題が起こるんだ……いや、いつもの事か。


「ああそうだ、バジョン。お前が言った方がいい」


 俺はバジョンに手招きをして、こちらに来るよう促す。


「え? 私ですか」


 バジョンは不思議そうな表情をしながら、渋々こちらへやって来る。


「あの馬車に止まるように言え」


うちギルドにそんな権限ありませんよ?」


「俺がこのいで立ちでやるよりマシだろ」


 その言葉で彼はこちらの服装を眺めると、観念したように正面に向き直り。


「『”ラウド”』!」


 自身に拡声魔法を掛ける。


 そして軽く咳ばらいをすると。


「こちら冒険者ギルドの者だ! ただいま憲兵と同行している! そこの荷馬車! 止まりなさい!」


 そう叫んだ後、そのまましばらく待つが、馬車はスピードを緩める様子は無い。


「こちら冒険者ギルドの者だ! こちらには憲兵がいる! そこの荷馬車! 止まりなさい!」


 再び大声で声をかける。


 しかし、やはり止まろうとする意志は感じられない。

 それでどころか、


「どけどけどけーー!! 死にたくなかったらそこをどけーー!!」


 相手も拡声魔法で言い返して来る。


 その馬車には三人の男が確認でき、一人は手綱を一人はその背後で馬車に捕まりながら叫んでいる。

 そして索敵魔法が探知した、目視外にもう一人。


「よし、これで聞こえてないって言い訳はさせんぞ」


 そう言って俺はバジョンの一歩前へと歩み出る。

 そのまましばらく何もせずに、二台のチェイスを眺めている。


「どけっつってんのが聞こえないのか!! 死にてーのか!!」


 俺はこれを当然のように無視する。


 その後も馬車は速度を落とすことなくこちらへ向かってくる。


「そこの冒険者! どきなさい!」


 憲兵の馬車からもそんな声が届いた。


 後ろの荷台には高度な魔法がかかってるな。

 でもまあ、大丈夫だろ。


「どけどけどけーーーー!!」


 そう叫びながら馬車が突っ込んで来る。


「これが最後の忠告だ!! どけーー!!」


 これも当然拒否するぅ。


「おい!! 何でスピード落とすんだ!! そのまま轢いちまえ!!」


 ラウドの魔法を使ったまま、男が御者に叫んでいる。

 しかし男の願いは空しく、馬車はどんどん減速していく。


「おい!! 何してる!! 早く速くしろ!!」


「いやなんかおかしいっす! 急に馬がバテた? ような?」


 既に普通の会話が俺達に聞こえる位置まで来ている。


 後ろにいる憲兵の馬車は、急にスピードの落ちた荷馬車に驚いて、急ブレーキをかけている。


「くそっ!!」


 叫んでいた男は悪態をつくと、まだ一応走っている馬車からとび降りる。

 そして男は地面に着地してよろめくと、コケるギリギリで態勢を立て直し、剣を抜いてこちらに向かって走り始めた。


「おいアメリア! お前はなんもするな!」


 横で何かしようとしていたアメリアにおれは釘を刺す。


 そして、走ってきた男を適当な魔法で拘束すると、続けて馬車の上の二人もささっと拘束する。

 その流れのまま、全員を道のド真ん中に集めた。


 こんなもの、さっきの大掃除に比べれば朝飯前である。


「おいこら!! 何しやがった!! はなさねぇとぶっコロ――」


「ちょっと黙れ」


 うるさいので、魔法で口を塞いで黙らせた。


「おお……。あっさり過ぎて逆に不安になる」


 俺の後ろでバジョンが静かに感心している。


「そこの魔動車! 全員動くな!」


 今度は憲兵の一人が大声でこちらに向かい叫んでいる。

 こっちは力ずくが出来ない分、めんどくさそうだ。

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