第17話 魔族

・登場人物・

ヤマト……主人公、勇者。鬼畜。

フォルカー……S級冒険者。魔動車の設計者。ボケ防止で冒険者をやっている。

ブラシュ……男剣士。C級冒険者のリーダー。お調子者。

パァス……女スカウト。ムードメイカーでヤマトファンガール。

パレッタ……女魔法使い。学院主席。真面目な性格。

クェント……男センチネル。地味。あまりしゃべらない。

アキ……聖職者。女に見える? だが男だ。


**********


 一瞬の事だった。


 自分の聖魔法が展開した瞬間、その結界外を紫色の霧が一気に覆いつくした。


「いい反射神経だ、アキちゃん」


 ヤマトさんが呑気に言う。


「抜かりはありませんよ」


 ぶっちゃけ焦った。


 抜かりはないと言ったが、正直完全に油断していた。

 間に合った自分を褒めてあげたい。


「いいですかみなさん! 絶対にこの結界から外に出ないでください!」


 僕は唖然としている受験者達に、大きな声で忠告する。


「アキさん、それ”Egis Dyvyneエギス=ディビーネ”ですよね! 上位の聖魔法で、広範囲を”闇魔法”から守る方陣を展開する魔法ですよね!」


 パレッタだけは、驚きつつも興奮気味にそう尋ねてくる。

 何だか他人事の様子だ。


「よくご存じですね? 自分で調べたんですか?」


 魔法使いが使う魔法と聖魔法とでは、そのシステムが全く異なる。

 通常の属性魔法は、完全にその行使者の組み立てた術式のコントロール下にあるのに対し、聖魔法は言わば”神様からの借り物”であり、用意された術式にアプローチするだけで勝手に発動するという、謎の理屈で動いている。

 しかし、Dランク以下の冒険者が、対魔族用の聖魔法を知る機会は少ないはずなので、彼女は自ら進んで聖魔法を調べたのか、はたまた学院でそう言うカリキュラムがあるのかもしれない。


「ただの魔法オタクですよ。上位の聖魔法は”プリースト”からでないと使えないって書いてたんですが、アキさんはなんで使えるんですか?」


 自分で聞き返しておいてたんだが、今それを掘り下げている暇はない。


 バチバチバチ!!


「うわっ! 何だ!?」


 ブラシュが驚いて周りをキョロキョロと見回す。


 それに対して、パァスが前方を指差す。


「ブラシュ!! あれ! あれや!!」


 霞がかった結界の先、そのもやの中に一つの人影に気づいた。


つの!? ま、魔族!?」


 その人影の頭部には、二本の角が生えていた。


「えっ? 子ども?」


 パレッタがそれを見て驚く。


「魔族って、背が低いのか?」


 ブラシュがクェントに問いかけるが、


「いや、僕に聞かれても……」


 クェントはそう言って首を傾げた。


「あれはみんな見えとるんよね!?」


 パァスが指した指をぐるぐると回しながら周囲に尋ね、ブラシュとクェントが、それに対して無言でうなずく。


「ヤマトさん。魔族って子どももいるんですか? いえ、っているのは、こんなところに普通にって意味で」


 パレッタがヤマトさんに質問をする。

 確かに、魔族と言われて子どもを思い浮かべる人間はそうそういないだろう。


「最近は結構見るね。追放する際に一族丸ごとやったりするらしい」


 はなはだ迷惑な話である。


 魔族が人間界に至る理由はいくつかある。

 その中の一つに、犯罪や不始末をやらかした魔族を魔界から追放するというものがあり、事の大きさによっては罪人の血縁者も対象になるらしい。


「昔から思ってましたが、それって”協定”違反なのでは? 魔族が人間界に入る場合、手続きがいりますよね?」


 クェントの疑問は恐らく、多くの一般国民も感じているところだと思われる。


 人間と魔族間には”人魔協定”と呼ばれる取り決めが存在しており、魔族が人間界で勝手に人を殺したりすることは出来ないようになっている。

 もちろん、逆もしかりである。

 しかし、魔族による協定侵犯は日常茶飯事であり、実質的に”無いよりマシ”程度の効力に留まっている。


「追放って言っても、正確には人界への追放じゃなくて、魔界のコミュニティからの追放らしいんだよね。だけど、コミュニティから追放された魔族って魔界内だと生きてい行くのが困難だから、仕方なく人界に流れてきているらしい。だから、そいつらが勝手にやったことだから、魔族全体としては関与してませーんて理屈なんだってさ」


 もっと正確に言うならば、追放ではなく流刑のようなものらしく、ある一定の期間を耐えることが出来れば再びなにかしらのコミュニティに所属出来るらしい。

 しかし、理屈上はそうでも実態は完全な死刑であり、尚且つ人間への嫌がらせである。

 しかも魔族が人間界で活動する際の隠れ蓑として使われているは酷い話だ。


「さて、今回はどんなパターンなんだろうねぇ」


 なんとも緊張感のない会話だが、そうこうしているうちに魔族に動きがある。


 ゆっくりとこちらに向かって歩き始めたのだ。


「大丈夫なんですよね?」


 それを見たパレッタが、流石に不安になったのか恐る恐るヤマトさんに尋ねる。


「それはアキちゃん次第かな? とりあえず、みんなの所まで下がっておいて」


 パレッタはちらりとこちらに目を向けると、魔族の方を向いたまま後ずさるようにパーティーの元へ戻って行った。


 やはり、彼女にはいまいち信用されていない気がする。


 それはさておき、聖職者はそのチートっぷり故、攻撃魔法の一切を禁止されている。

 しかし、全く攻撃手段が無いという訳ではないのだが、それは奥の手と言うべき最終手段である。


「今回、僕は何もする気ないですからね?」


 もちろんこれは、自分は攻撃に参加しないという意味だ。


「えー? アキちゃんのいいとこ見てみたいなー」


 この人は本気で言ってそうで怖いのだ。

 そんな一気飲みのコールみたいなこと言われても、やらないものはやらないのだ。


 このやり取りの間にも、魔族はテクテクとこちらに近づいてくる。


 そして間もなく、今までは瘴気に包まれて良く見えなかった容姿が、はっきりと伺える場所まで出てきた。


 僕はあらためてそれを観察する。


 身長は僕より少し低いくらいだろうか?

 細身で性別は恐らく男、魔族あるあるで、とても整った容姿をしている。

 彼が人間では無いと分かる要素として、頭には二本の角が生えており、エルフのような尖った耳をしている。

 そして肌は肌色ではなく、青みがかった紫色をしていた。


「それにしれも良い身なりをしているな。貴族か?」


 同様にそれを観察していたフォルカーさんが口を開く。


「だとしたら、親のやらかしの巻き添えを食らったかな?」


 その問いかけに、ヤマトさんが答える。


 その間に魔族の少年はついに結界の前にたどり着き、そこで足を止めていた。


「本当に大丈夫なんだよな?」


「だから僕に聞くなって……」


 後ろから男二人の会話が聞こえてくる。


 魔族の少年は右手を動かし、結界へと手を伸ばす。


 バリッ!


 それが触れた瞬間、結界の触れた部分が発光して伸ばされた手を弾いた。

 そして魔族はその触れた指先を見つめ、何か確かめる様な素振りを見せる。


 再び少年が結界に手を伸ばす。


 バリバリバリバリバリバリバリバリバリッ!!!!


「うわっ!!」


「ひっ!!」


 今度は魔族が触れた部分を中心に、激しい音と閃光を散らした。

 子どもだと思って侮っていたわけでは無いが、予想以上の魔力に少し驚いた。


「……なるほど」


 魔族がしゃべった。


「これが邪悪の魔法か……忌々しい」


 そして何やら独り言を言っている。


「何て言ってる?」


 ブラシュが誰かに尋ねる声がする。


「人間のクソ魔法が、みたいな感じだと思う」


 それにパレッタが答えた。

 彼女は魔族語も履修しているようだが、やはり学院でそう言うカリキュラムでも組まれているのだろうか。


「邪神の魔法に頼るしかないくせに。下等な猿ごときが調子に乗るなよ」


 魔族は僕を見ながらそう言っているが、おそらくこちらに話しかけているわけでは無いと思う。


 しかし、何と言うか……。


「こいつ、ちょっと用心深いかと思ったら急に迂闊だな」


 ヤマトさんの言葉は、僕の考えている事と同様だった。


「聖魔法を見るのは初めてみたいだな。この待ち伏も今回が初めてかもしれん」


 これにも僕は同意見だ。


「トラップの作り方は雑だし、痕跡を残し過ぎだ。それに、トラップに一回引っかけたらすぐ撤退がセオリーだ。多分、聞きかじったか見様見真似でやったパターンだろうな」


「北から下ってきたか? 近辺で上位パーティーの失踪情報は無かったはずだから、今までは村民を相手ににコソコソやってたのかもしれんな」


 魔族の力は強大で、通常はそこら辺の冒険者が束になった所で魔族の非戦闘員一人すら全く太刀打ちできない。

 ただし、聖職者に関しては聖魔法という魔族特化の魔法が使用できるため、一定の抑止力となっている。

 今回この魔族は迂闊にも直接結界に触れた。

 聖魔法の事を知っている魔族なら、よほどの自信が無い限り絶対にしない行為である。


 とはいえ、魔族と人間との間に埋めがたい能力差があるのは事実で、この魔族の油断しきった態度は、その状況を分かりやすく反映している。


「この程度の魔法……『障壁破壊魔法ヴァリシェルドラ』!」


 魔族が魔法を放つと、先ほどとは違い結界全体が震え、何かが重くのしかかるような鈍い衝撃を受ける。

 それにより、こちらの大量の魔力が削り取られた。


「……何だと?」


 また独り言だ。

 彼にとって、これを僕が防いだのは予想外だったらしい。


「アキちゃんまだ余裕だよね?」


 ヤマトさんが僕に尋ねる。


「ヤバ過ぎてあと百万回くらいしか耐えれなそうです」


 魔法の展開で気が高ぶったせいか、悪乗りで軽口を叩いてしまった。


「ガハハ! それはまずいな。さてヤマト、この小僧をどうするつもりだ?」


 その疑問に、ヤマトさんは質問で返す。


「フォルク? もう一度聞くが、気づいてるか?」


「ん? の事か?」


 フォルカーさんが言うように、実は先ほどから森の奥にもう一つ、魔族らしき反応を感じている。


「そのもう一体さ、なんか違和感無い?」


「違和感? もっと具体的に言ってくれんか?」


 僕もフォルカーさんも、ヤマトさんが何を言わんとしているのか測りかねる。


「気のせいじゃないと思うんだが、それの魔力の感じ方が普通の魔族と違うというか、でも何か前に同じ感覚を受けたことがある気がするんだよな」


 そう言われて、フォルカーさんが一瞬考える。


「うーむ。言われてみれば、と思わんことも無いが、今はもう結界越しだし何も分からんな」


 ちなみに僕は最初から全く分からない。


「ちょっと軽く小突いてみるか」


 ヤマトさんはそう口にすると、まるで道の中央に小動物でも見つけたかのような感覚で、魔族の方に歩み寄っていく。


 その魔族はというと、それを明らかに警戒している様子だが、それを悟られないように堪えているように見える。


 そして魔族の真正面まで来て立ち止まったヤマトさんは、そのまま、おもむろに結界の外の魔族に向けて手を伸ばした。


 ヤマトさんの指が結界に触れ、その先が結界の外に出た。

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