第16話 名探偵パレッタ

・登場人物・

ヤマト……主人公、勇者。鬼畜。

フォルカー……S級冒険者。魔動車の設計者。ボケ防止で冒険者をやっている。

ブラシュ……男剣士。C級冒険者のリーダー。お調子者。

パァス……女スカウト。ムードメイカーでヤマトファンガール。

パレッタ……女魔法使い。学院主席。真面目な性格。

クェント……男センチネル。地味。あまりしゃべらない。

アキ……聖職者。女に見える? だが男だ。


**********


 まったく、ヤマトさんには困ったものだ。


 確かに、ヤマトさんのいう事にも一理ある。

 昨今の魔族側の情勢とそれに伴う魔物の増加により、高位の冒険者の選定と育成は急務であり、国の重要課題である。


 これまで僕自身が同行した試験でも、試験官を務めたパーティーが色々と受験者にレクチャーを施している場面を少なからず見ることがあった。


 しかしそれは緊急を要さない場面での話である。


 今回のパーティーのリーダーはヤマトさんのため、最終的に彼の決定に従うことにしたが、本当に大丈夫なのだろうか。

 僕は、はななだ落ち着かない気分でパレッタが調査をしているのを見ていた。


 ため息が出そうなのを抑えながら、僕は改めて現場を見るが、なかなか散々なありさまだった。


「パレッタ、よくまじまじとそんなもの見れるな」


 ブラシュに名前を呼ばれた彼女の前に横たわっているのは、上半身と下半身がお別れしてしまった人間の死体である。

 まだそれほど時間は経っていないが、僕の立っているここからでも若干の臭気を感じた。


「あまり遺体に対して、そう言うこと言わないの。あと、集中してるから話しかけないで」


 そう言われたブラシュが、少しショゲた様な顔になる。


 僕はこのまま突っ立っているわけにもいかないので、無言で馬車の方へ歩みを進める。

 そして、馬車の荷台まで歩いて行くと、幌をめくりあげ、中を覗き込んだ。

 馬車は荷物を置いた帰りのため、中に荷物はほとんどなく、御者か労働者の私物か何かが散乱しているだけだった。


 続いて僕は馬車がこれ以上崩れないことを確かめると、その下を覗き込んだ。


「”コア”がそのままですね」


 隣には、駆け足で寄ってきたパレッタが同じように馬車の底を覗き込んでいた。


 僕は「そうですね」と短く返すと、もう一台の方の馬車も確かめるため、そちらに歩いて行く。

 それに並んでパレッタもついて来た。


 そしてこちらの馬車についても中身は同じような様子だたっのだが、


「コアが無い」


 パレッタが呟く。


 この”コア”という物は、馬車の運航をサポートするもので、現代で言う電動アシストのような機能を有する。

 これがあることによって、一頭立ての馬車でも何もない馬車より多くの荷物を運べるようになり、質の良い車輪や板バネでなくとも、それなりにスムーズな運航が可能となっている。

 そして、ここで重要なのは、このコアがとても高価な物という事である。


「野党でしょうか?」


 僕はパレッタに問いかける。


「いえ、まだわかりません」


 彼女はそう言って傍らの死体に駆け寄ると、


「ここにありました」


 彼女が指した死体の傍ら、そこには馬車から取り外したとみられるコアが無防備に転がっていた。


「しかし、彼は野党のように見えますね」


 僕はその死体を見て、再び似たような事を問いかける。


「たしかに身なりから見てその可能性は高そうですが、もう少し考えさせてください」


 話しかけてくれたので、冗談のつもりで軽くミスリードをしてみたのだが、多分、彼女には僕がただ邪魔をしている様にしか映っていない。


 そして彼女は、周りにある死体を一つ一つ確認して回る。


「馬が殺されていますね。もしかしたら大型の魔物の仕業かもしれませんね」


 僕は性懲りもなく彼女に話しかける。


「そうですね」


 彼女の返事は一言。

 

「アキちゃん。意外と意地悪だね」


 いつの間にか隣にいたヤマトさんが茶々を入れてくる。


「そうですか? 僕は思ったことを口にしているだけですよ?」


 さて、彼女に僕はただのお邪魔虫と映っているのか、的外れな事を言っている無能男として捉えられているのか。


「アキちゃんは、今回のこれ。どう?」


 今度はヤマトさんが僕に質問をしてくる。


「彼女にまかせるんじゃなかったんですか?」


 僕はそう言って質問を返す。


「そうじゃなくて、見えてはいるんだよね?」


 重ねて聞き直すヤマトさんに、


「ああなるほど、そう言う意味ですか。それは、僕が気づかなかったら問題でしょう?」


 言っている事の意図を理解した僕は答える。


「じゃあ、答え合わせはアキちゃんに頼もうかな?」


「はぁ? そっちはあなたの仕事でしょう?」


 彼はしばしばこういった絡みをするが、今回のこれは流石にしつこすぎる様な気がする。 

 そして、僕らがそんなやり取りをしていると、


「わかりました。もう大丈夫です」


 そう言ってパレッタが駆け寄ってきた。


「よし、じゃあ聞かせてもらおうか」


 ヤマトさんはそう言って、周りの全員を呼び寄せる。


 集まった彼らは各々緊張した面持ちで僕達の対面に並ぶ、パレッタはこちら側だ。


「ええといいですか? まず結論から何ですが……」


 待つ間もなく、パレッタが話始める。

 パーティーメンバーは真剣に、彼女の次の言葉を待っている。


「魔族の仕業だと思います」


 ブラシュとクェントが顔を見合わせる。

 パァスも二人の方に視線を送るが、直ぐにパレッタの方に向き直った。


「ええと、簡潔に順を追って話すと、恐らく最初に馬車が魔族に襲われて、その後に野党が馬車から貴重品を持ち去ろうとしたところを、再度魔族に襲われたんじゃないかと思っています」


 一呼吸おいて、そのままパレッタは続ける。


「次に、理由なんですが、まず馬が殺されている事。野党なら多分、馬は殺さずに持ち帰るんじゃないかと思います。荒らされた貴重品が放置されているのもおかしい。そして遺体の数がおかしい。ここにある遺体は全て男性です。そして、野党を除いても少なくとも八人分あるはずなのに七体しかありません」


 ここまで話して、パレッタはまた一呼吸置く。

 ヤマトさんやフォルカーさんは、特に口を挟む様子は無い。


「ただ、ここまでだとその辺の魔物の可能性もあるんですが、それだと違和感があるのは、馬車が二台ともクリティカルに潰されている事と、死体がその場で食い荒らされていない事です」


 そして彼女は、ちらりと隣のヤマトさんを一瞬だけ伺うと、


「あとは言ってしまえばメタ読みです。アキさんがずっと何かを気にしていましたし、多分、彼は早い段階で魔族の仕業であることに感づいていた。そのことで、アキさんは焦っていたと考えました。しかし、ヤマトさんやフォルカーさんは、全然そんな素振りを見せなかった。これは、アキさんと違って、二人が既に危険が遠くにが去っている事を察知していたから余裕があったんだと解釈しました」


 まあ、あれだけ僕らが不審なやりとりをしていればそうなるだろう。

 そして、やはり彼女の中での僕は、二人よりもかなり下に見られているようだ。


「おーけー。以上かな? じゃあ約束通りアキちゃんに答え合わせをお願いしてもいいかな?」


 そう言って、ヤマトさんはいつもの意地悪な笑みをこちらに向ける。


「……まあいいでしょう。完全に合ってるかは保証できませんが」


 ここで渋る意味もないので、僕は素直に話を続ける。


「概ね彼女の言った事に同意です。付け加えるなら、これは魔族が人間をおびき寄せるためのトラップです」


「あ、はい。言ってはいませんでしたが、私も学院で魔族はそう言う事をすると習っていたので知っています」

 

 パレッタがそう口を挟む。

 何となくだが、負けん気というか、彼女からは意識高い系の何かを感じる。


 それはそれとして、彼女に僕は少し嫌われてしまっている気がするので、嫌われついでにはっきりと言っておこうと思う。


「では、パレッタさんが大きく誤っている点を一つ、お伝えしましょうか」


 そう言うとパレッタが意表をつかれた表情になる。

 この言い方は、少し大人げなかっただろうか。


「はいアキちゃんそこまでー」


「ああもう。またですか? 今度は何ですか?」


 もう何度目か分からないが、ヤマトさんが僕の話に割って入って来た。

 ヤマトさんは僕の質問には答えず、歩いてパァスの背後に立つ?


「え? 何ですか?」


 パァスが振り返ってヤマトさんを見上げる。

 男性二人も同じようにヤマトさんの方を不思議そうに見ている。

 パレッタは腑に落ちない表情をしながらも、黙ってその様子を眺めていた。


「パァスちゃんは何か気づいた事は無い?」


 ヤマトさんにそう問われると、パァスは、


「え? 何かとは……何ですか?」


 やや困ったような様子で聞き返す。

 彼は普段、抽象的な質問をしない人なのだが、今日はやけにそういったのが目立つ。

 僕や彼らの力を試しているような……。


「じゃあ、正面に向かって”スキャン”してみようか」


 ヤマトさんが軽いノリで馬車の方を指差す。

 パァスはその指示に、ヤマトさんの顔を見上げて、


「スキャンって、普通に”探知アクティブスキャン”の魔法でいいんスか?」


 そうそう、とヤマトさんが頷くと、パァスは困った表情のまま正面を見据える。

 そして、前方を睨むと、


「『スキャン!』」


 腕を前に突き出し、そう唱えた。


 彼女の前方に魔力が扇状に広がっていく。


「何か感じる?」


 ヤマトさんが後ろから問いかけるが、


「…………」


 パァスは黙って難しい顔をする。


「ええと……」


 少しの間の後、悩みながらパァスが口を開く。


「スキャンの通らない部分があるというか。なんというか、泥の塊? の中をスキャンしとるような、すごく魔力が吸収されてるような気持ち悪い感覚があります」


 泥の中、とはなかなか良い表現の仕方だと思う。

 闇の魔力は、通常の魔力を侵食する作用があるため、彼女からは魔力が何かしらに阻害されている様に感じたはずだ。


「なるほどね、じゃあこれだとどう?」


 ヤマトさんが右手をパァスの肩に乗せる。


 またやってるよこの男……。


「えっと、このまままたスキャンすればいいんスか?」


 ヤマトさんが再びうなずく。

 それを見たパァスが、再び前方にスキャンを展開する。


「『スキャン!』」


 さて、どういう反応をするか。


「ひっ!!」


 スキャンを放ったパァスがすぐに小さく悲鳴を上げ、その体がびくっと跳ねる。

 そのまま反射的に後ずさるパァスの体を、ヤマトさんが支える。


「えっ? どうしたパァス?」


 ブラシュが驚いてパァスの顔を伺う。


 パァスは目を見開いて、なおも後ろに下がろうとしている。


「あ、あかん……」


 震える口から言葉が漏れる。

 パレッタがパァスの視線の先を見据えて、


『スキャン!』


 スキャンの魔法を展開した。


「……たしかに違和感があるけど、これって瘴気のせいでしょ? 一体どうしたっていうの?」


 パレッタが、まるで分らないと言ったような怪訝な顔をする。


「ちゃ、ちゃうねん……。”おる”……」


「”いる”って、何がいるの? 幽霊?」


 クェントが、様子のおかしいパァスに改めて問いかける。

 しかし、彼はその様子を見て何かを察するように、体を斜に構えている。


「わ、わからんっ……でも、なんかおんねん!」


 パァスは震える声で前方を指差す。


「?? 何を言ってるのか全然分からないんだけど……」


 ブラシュとパレッタの二人は、パァスと馬車の方向を交互に見比べて、とても困惑した様子である。


「何かやって来るかと思ったけど、特にアクションが無いな」


 その空気をぶった切って、ヤマトさんが何事もないような口調で言葉を口にした。

 この思わせぶりな言い方に、そろそろ彼女らも何か察しても良い気がする。


「ヤマトさん、このくらいにしておきましょう」


 流石にそろそろお遊びが過ぎるので、話の起点になる事を期待して僕はそう切り出した。

 それが通じたのかは分からないが、ヤマトさんは「じゃあタネ証をしようか」と言ってから、その解説を始めた。


「まず一つ。もしこれが魔族の仕業で、魔族が逃げている可能性があった場合、俺は迷わず一目散にここを目指している。そして、調査を完了してその帰りにお前らの実地試験を行っていた」


 なるほど、彼らになぜここまで余裕があったのか不思議だったが、今のヤマトさんの言葉で、僕が心配していた事とは全く逆だったことが分かった。


「すみません。おっしゃる意味が分からないんですが?」


 パレッタが少し機嫌が悪そうな様子で尋ねる。


「あの……いいですか?」


 クェントが遠慮がちに口を開く。

 意外な所から声がかかった。

 それに対し、ヤマトさんは無言で手を差し出し、彼の次の言葉を待つ。


「間違っていたらすみません。もしかして、ヤマトさんは森に入る前から魔族を察知していて、ここにくるまでずっとその様子を伺っていたんじゃないですか? そして、もし相手が逃げる様であれば、即座にそれに対処できる自信があったのではないかと……そんな感じで考えたんですが……」


 ブラシュが彼の隣で驚いている。

 しかし、それは無理もないことだ。


「クェント……お前どうしたんだ? 自分からそんなこと言うキャラじゃないだろ?」


 そっちの方が気になるのか。


「大正解」


 ヤマトさんがクェントの肩を叩く。


「そんなまさか! そんなの人間業じゃない……」


 そう口にして、パレッタが目を見開いて驚いている。


「ちなみに、俺が魔族を泳がしていたのにはもう一つ理由があるんだが、フォルク。なんか感じるか?」


 今まで黙って様子を眺めていたフォルカーさんに、ヤマトさんが声をかける。


「ん? なんだ、今度はワシにまでクイズを出すすもりか?」


 フォルカーさんがとぼけるように答える。


「まあいいか、追々分かるでしょう!」


 当然のごとく、こちらには何の説明も無しである。


 僕は彼に説明を求めようとも思ったが、もう面倒くさいので何も言わず全部任せることにした。


「ヤマト、何か考えがあるんだったら全部任せるぞ?」


 フォルカーさんも僕の考えていた事と同じ言葉を口にするが、こちらはそう言う意味で言ったのでは無いだろう。


 そのやり取りに気が抜けていた。

 はっとして、僕はに集中する――。


守護方陣エギス=ディビーネ!!』


 その瞬間は突然訪れた。

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