第10話 エンチャント

・登場人物・

ヤマト……主人公、勇者。

フォルカー……S級冒険者。魔動車の設計者。

ブラシュ……剣士。C級冒険者。リーダー。

パァス……スカウト。ムードメイカー。

パレッタ……魔法使い。学院主席。

クェント……センチネル。あまりしゃべらない。

アキ……聖職者。性別不詳。


**********


「周囲は問題なし……」


 パァスが静かに口にする。


 戦闘後、私達はしばらく周囲を警戒していた。


 そこそこ派手にやり合ったにもかかわらず、他の魔物に気づかれたという事は無さそうだった。


 本来は出来る限り戦闘を避け、止むを得ない戦闘も出来るだけ静粛に処理するのが良しとされるのだが、今回のように危険な場所で遭遇戦になった場合、状況によっては撤退も視野に入れることとなる。


 しかし、これは試験である。


「オーケー。進もうか」


 先ほどのパァスの報告を聞いて、ブラシュが道の向こうを指しながら言った。

 その言葉に、私は直ぐに索敵範囲を切り替える。


「いや、ちょっと待って」


 しかしそこで、先へ進もうとする私達をヤマトさんが後ろから引き留めた。


 何か問題でもあったのだろうか?

 いや、戦闘に関しては問題だらけだったと言えるだろう。


 私は何を言われるのか不安な気持ちで次の言葉を待つ。


「フォルク? どう?」


 その「どう?」はどういう趣旨の言葉だろうか。


 その言葉を受けたフォルカーさんは。


「アキ? どう思う?」


 何故かそのままアキさんにパスした。


「ええ……。ボクですか? ボクは試験官では無いのですが……」


 やはり、彼らはこの場で私達の批評をしようとしているようだ。

 パーティー全員に緊張が走るが、私は索敵魔法だけは切らさないように注意する。


「ボクは……いや、やっぱりボクが口出しすべきでは無いかと……」


 アキさんが何か言いかけるが、困り顔で首を傾げる。


「そうか? ワシは別にいいと思うが。まあお前がそう言うなら別にいいけどな」


 フォルカーさんは特にそれ以上追及することも無かった。


 そういえば、アキさんは自分の事を”ボク”と言っているが、男性なのだろうか?

 私より身長は少し高い位で、顔も声も中性的だが、着いる制服は恐らく男の物だろうと思う。

 しかし、もし女性であれば、嫉妬するくらいの美形である。


「じゃあ、いつも通り本人達に一人一人聞いてくか。えっと、ブラシュ? リーダーとして、今の戦いはどう思った?」


 まさか自分が質問されるとは思っていなかったであろうブラシュは、


「えっ!? いやその……えっと……」


 分かりやすく狼狽えているいる。

 その様子を見たからなのかは定かではないが、


「ああそうだ。今はアキが替わりに警戒してくれてるから、みんなは楽にしていいよ。ブラシュ? すこし整理する時間がいるか?」


 ヤマトさんは楽にと言ってくれているが、私は一応、索敵魔法だけ切らさないようにしておく。


 しかし、やはり聖魔法はすごい。

 私にはアキさんが使っているであろう索敵魔法を、全く感知することが出来ない。


「えっと……。大丈夫です。行けます」


 ブラシュはそう言って軽く深呼吸をする。

 てっきり時間が欲しいと言うと思っていたので、彼なりに明確な反省があったのだろうと思う。


「オレは……。最初完全にテンパっちゃって、マジで最初何が何だかわからなくなって、魔物に飛び掛かられてからやっと、どこに敵が居るのかが分かった感じでした」


 しどろもどろだが、頭の中を整理しながらブラシュは続ける。


「その後は、いったん仕切り直した後は、そこまでひどくは無かったと思います。って言っても、指示は殆どパレッタが出してましたが、オレは敵二体を前にしてましたし、そこは仕方なかったかなと思います」


 実際今までも、後ろから全体を見る事の出来る私が指示を出す機会は多かった。

 何という事は無い、今回もそのパターンだっただけだ。


「でも、オレが二体抑えられたのはそれなりにデカかったかなと思います。ぶっちゃけ、自分でもよく抑えられたなと思います。パレッタの魔法のおかげかもしれませんが」


 確かに、手前味噌ではあるが、あそこでシールドが間に合わなければ危なかったかもしれない。


「でも、仮にあそこで俺が怪我をしていても、何とか抑えられていた自信はあります。他に上手い手段があったのかもしれませんが、結果的に前衛二人が二体ずつ敵を抑える形になって、まあ結果オーライだったのかなと思います」


 ブラシュはガッチリ作戦を組むより、その場の流れで戦略を変える感覚派の戦士だが、今回はそれがうまくはまった形になった。

 そもそも今回、突然遭遇戦をやらされたのも、ヤマトさんが私たちのアドリブ能力を見たかったのではないかと私は踏んでいる。


「後は……うーん……”エンチャント”が雑になってたのに気づかされましたかね?」


 ”エンチャント”とは、武器等の何かしらに対して魔力を付与する魔法である。


「クェントのエンチャントが弾かれてるのを見て、オレはそれを見てたからうまくいったんですけど、それにすぐ気づけて良かったと思います。多分オレの初撃がミスってたら終わってたと思います」


 彼は終わっていたと言っていたが、私はそれでもなんとかする自信があった。


 しかしまあ、エンチャントが大切なのはその通りで、エンチャントを制すものが戦闘を制すと言わるほど、エンチャントとは前衛職の基本である。


 魔物や妖魔とよばれる生物は、ほぼ全てが魔力による防御機構を備えており、それを武器による物理の力だけで割るのは至難の業なのだが、そこで生まれたのが”物体”に魔力を付与するというエンチャントと言う魔法である。

 その付与した魔力を相手の防御にぶつけてタイミング良く物理で叩くと、どちらか一方のみの力よりも大きな衝撃を与えられるため、これを”魔法と物理の相乗効果”と呼ぶ。

 

「そうだな。慣れてくるとエンチャントが雑になりがちだから。でも意識せずにエンチャントを使いこなせるようになるのは大事だ」


 ここで初めてヤマトさんが口を挟んだ。


「はい。基本に返って練習します……」


 ブラシュはちょっと元気のない返事だったが、


「ついでだし、後で効率的なドリルを教えるわ」


 そのヤマトさんの提案に、まさか直接指導してもらえるとは思っていなかったのか、ブラシュは一転して明るい顔になる。


「えっ!? いいんですか!? あ、ありがとうございます」


 既に試験に受かったかのような喜び方だった。


「他に言いたいことは何かある?」


 ヤマトさんがブラシュに先ほどの反省点の続きを尋ねる。


「あ、えっとすみません。何か自分の事ばかりしゃべっちゃったので、全体の事も言わせてください」


 そう言ってブラシュは全体のコミュニケーションの課題等についてヤマトさんに説明した。


「――と、こんな感じですかね? 正直、完全にパレッタに依存してますよね。うちのパーティーは……」


 彼は話した後そう締めくくったのだが、その中であまりにブラシュが私を褒めるので、恥ずかしいやら嬉しいやらで途中、口がニヤけそうになるのをなんとか我慢していた。


「よし。じゃあ次は、えっと……ごめん名前何だっけ?」


「クェントです……」


 クェントが苦笑いしながら軽く手を上げた。


 今回に限ったことではないが、彼は口数が少ないせいか名前を覚えてもらえないことが多い。

 パーティーで一番身長が高く、ガタイもいいのでそこそこ目立つはずなのだが……。


「うーん。僕の言いたいことは大体ブラシュが言ってくれたので、あんまり言う事無いですかね?」


 クェントはそう前置きして話始めた。


「僕の場合、最初はパニックと言うより何していいか分からない感じでしたね。でも、頭は意外と冷静でした。だから、途中のパレットのコールにしっかり対応して敵を叩けたのは良かったと思います」


 そこからクェントは、いくらかブラシュの反省に補足してから、


「――結局やっぱりエンチャントですかね? 初撃で決め切れてたらもっとスムーズだったと思います。派手にやっていいならもっと大技で押し切ることもできたんですが、それは最初からやらない方針でしたので」


 クェントそう締めくくった。

 あえて最後にエンチャントの事を言ったのは、クェントもヤマトさんに指導してもらいたいのだろうか?


 クェントの話を聞き終えたヤマトさんは、軽く頷くと次のターゲットに目を向けた。


「じゃあ次は……パァスちゃん行っとく?」


 次は私に来るかもと身構えていたが、ヤマトさんはパァスを指名した。

 そのパァスはというと、先ほどから明らかに元気がない。


「あ……ウチは……」


 パァスはみんなと目を合わせないように下を向きながら口を開く。


「ウチ、全然……全然何もできへんかったというかぁ……グリッティングきり忘れちゃうし、索敵魔法も切らしてまうし……。そもそも探知魔法ですらめちゃくちゃになってもうたしぃ……」


 自分の指先を弄りながら彼女は続ける。


「集中できずに不発の魔法をまき散らして…………。すみません、なんかまとにしかなってませんでした……」


 パァスがそう言うと、ヤマトさんが、


「あの魔力放出はわざとではないってこと?」


 このヤマトさんの質問は、わざと魔力を出して敵の注意を引いていたんじゃないか言う意味だろう。


「はい。ただのミスです……」


 あの場面でそれをやることは周囲の邪魔にしかならないため、むしろあえてやっていたのならスカウトとして落第ものだろう。


「最後のあれも……”バーストショット”も普通に外しました……」


 ネガティブになっているのか、パァスは聞かれてないミスも正直に自白している。


「正直でよろしい。は評価できる」


 そう区切って、ヤマトさんは私に視線を向ける。


「じゃあ最後にパレッタちゃんにまとめてもらおうか」


 そんな感じでトリを任された私は、用意していた言葉を頭で反芻する。


 よし、大丈夫。


「えっと、はい。私は――」


「グスッ……」


 私が言いかけたところで、誰かが鼻をすする音が聞こえた。 

 その声の主を見ると……。


「ごっ……ゴメン。グスッ……無視して続けて……」


 パァスはそう言いながら目元を腕で隠しながら道の脇に退避する。


「ああ……えっと……そうですね……」


 正直、パァスが泣いたことに、私は先ほどの戦闘よりも動揺してしまった。


 私は、彼女が泣いているところを初めて見た。

 しかし、今はこちらに集中しなければならない。

 私は軽く深呼吸をして気を取り直す。


 今は平常心、平常心。


「今回の戦闘中で私が思ったことは……」


 私は彼女のすすり泣く声を出来るだけ意識しないよう、先を続けた。

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