第9話 初戦闘

・登場人物・

ヤマト……主人公、勇者。

フォルカー……S級冒険者。魔動車の設計者。

ブラシュ……剣士。C級冒険者。リーダー。

パァス……スカウト。ムードメイカー。

パレッタ……魔法使い。学院主席。

クェント……センチネル。あまりしゃべらない。

アキ……聖職者。性別不詳。


**********


 道を進むにつれ、森の木々の密度が増し、辺りは次第に薄暗くなる。


 ここは王国中部から北部へ向かう交通の要所の一つだったが、近年もっと便利な道が別に整備された。

 そして、昨日から通行止めになっており、人通りは無い。

 通行止めの理由は”魔族出現の可能性あり”となっていた。


 私達に与えられたミッションは、目標地点に到達して、そこから安全地帯まで無事に帰還するという、これだけ聞けば非常にシンプルな物であるが……。


「異変無し」


 パァスの定期報告。


 普段はこんな面倒な事はしないのだが、やってるアピールのため出来るだけ冒険者のセオリー通りに進めている。

 それに、私達が普段拠点にしている地域よりもかなり強力な魔物が生息しているため、これくらいやった方が緊張感を維持できるだろう。


 この試験は実際に冒険の依頼クエストがあり、私たちはそれの補助としてこれに同行する、というものであるはずだ。

 しかし、今回私たちはどういうわけか本来のクエスト内容は聞かされておらず、無事に行って帰るという言わば遠足のような内容を伝えられている。


「パァス。少しペース上げて」


 タイムキーパーをしているリーダーのブラシュが先頭のパァスを急かす。

 彼女は索敵に集中していると、どうしてもモタりがちになる。


 しばらく、道を進む私たちの足音と不気味に揺れる森の木々の葉が擦れる音だけが聞こえる。


 その時、何がが索敵魔法にかかるのを感じた。


 パァスが立ち止まり、ハンドサインで”待て”のポーズを取る。


 私達はしばらく探知に集中する。


 ――敵は魔物、一体、大型。


 再びパァスがハンドサインでブラシュに情報を送る。

 そのサインを見たブラシュは、”戦闘しない”、”隠れて進む”、とパァスに返した。


 私は『”隠匿コンシールメント”』の魔法を使用し、パーティーの隠匿率を上げる。


 私達はそのままゆっくりと道を進み、無事に魔物を探知した範囲から抜ける。


 それからまた、しばらく何事もなく時間が進んで行った。


 そして、四半刻ほど経っただろうか。

 少し緊張が薄れて来た頃、進行方向の先で探知に反応があり、パァスの足が止まる。


 私はおそらく今回も隠密スニーキングで進むのだろうと思っていたが――。


「戦って」


 突然背後から声をかけられ、びっくりして体が跳ねる。

 後ろを振り返ると、ヤマトさんがすぐ後に立っており、声が出そうになる。


 全く気配がしなかった。


 キョトンとして、こちらを見るパァス。


(パァス。報告)


 私が”念話”で短く発信する。

 パァスははっとして、”敵は魔物”、”四体”、”中型”とハンドサインを送る。

 そのサインに……。


 …………そのサインに?


「ブラシュ」


 ブラシュは通常の念話を受信できないため、私は言葉で彼の名前を呼んだ。


 今度はブラシュがはっとする。


 ――戦闘する。


 焦ってサインを返した。


 そしてパーティーを自分の下に呼び寄せると、私達は四人で輪になり、作戦会議の体勢に入る。


 「直前までハイド。とりあえず様子を見て不意打ちで一気に片付けよう」


 ブラシュが小声でそう言った。


 ポーン。


 ……えっ?


 な”サーチ”の魔法が私たちを通り過ぎていく。


 驚いたパァスが私の方を見る。

 私は顔の前で手を激しく振って、”私じゃない”とアピールする。


 その発生源は……。


 振り向いた私に、目が合った彼がニヤリと笑う。


 ヤマトさん?


「まずい! 気づかれた!」


 そう言って、パァスが慌てて前方を向く。


 私達の索敵魔法に、四体の魔物が猛スピードでこちらに向かってくる様子が感じられる。


 !!??


 速い!! 


戦闘開始エンゲージ!!」


 ブラシュが叫ぶ。


「下がれパァス!!」


 急いでパァスと前衛二人が入れ替わる。


「――右前!!」


 私がそう叫ぶと同時に黒い影が一瞬、木々の中を駆けたのが見えたかと思うと次の瞬間にはパァス目掛け、それが飛び掛かっていた。


 ――シャード―ウルフだ!


「ひっ!」


 まだ戦闘態勢に入れていなかったパァスが、突然の事に驚いて身をすくめる。


「オラァ!!」


 飛び出した影に対してクェントが剣で叩き落とそうと切りかかる。


 ガチンッ!!


「――え!? 固っ!!」


 クェントの斬撃は相手の”アーマー”に弾かれてしまった。


『”シールド”!』


 私はこれを見越して構えていた防御魔法を、パァスの前に放つ。


「パァス!!」


 ブラシュが慌ててパァスの方を振り向く。


「ダメ! ブラシュ!! 前!!」


 それとほぼ同時に、ブラシュに対して飛び掛かる二体目の影を見た私は、急いでそちらにもシールドの魔法を放った。


「うわぁっ!!」


 間一髪、間に合った私の魔法で、魔物の攻撃は弾かれる。


『”ウォール”!』


 魔物と彼らの間合いが少し離れたのを見た私は、その隙間に防壁魔法を差し込んだ。


『”ヴェール”!』


 直ぐに続けて相手側からこちら側の認識を阻害する魔法を掛ける。


 気休めの魔法だが、功を制して相手の警戒を誘うことが出来たようで、ブラシュに飛び掛かった魔物二体は、引き気味にこちらの様子を伺っている。


「悪いパレッタ! 敵のアーマーが固いぞクェント! ”エンチャント”をしっかり!」


 ブラシュのその声を聞いて、私たちは崩れた陣形をすぐさま立て直そうとする。


「すぐ来るよ!」


 私はパーティー全体に注意を促す。


「もう一体は!?」


 ブラシュの声。


「すぐ脇の藪に! 囲まれるかも! あとパァスは”感覚共有グリッティング”切って!」


「ああっ!! ご、ごめん!!」


 私の言葉にパァスが焦る。


 彼女と私の間で索敵魔法を共有するための魔法を使っていたのだが、戦闘になるとそれが邪魔になるのだ。


「落ち着いて! 来るよ! ブラシュ! 今!!」


「オラァ!!」


 その私の言葉に合わせ、ブラシュが剣を振り下ろす。

 そこへタイミング良く二体の魔物が彼へと襲い掛かる。


 ゴシャッ!!


「ギャンッ!!」


 今度は剣が通り、魔物にダメージが入った。


「やべっ!!」


 もう一体が時間差でブラシュに飛び掛かる。


『”シールド”!』


 私の張ったシールドに魔物が弾かれる。


 今のは少し危なかった。


「ふんっ!!」


 すぐさまブラシュは体制を整えると、返す剣で魔物を切り上げる。

 それを魔物はバックステップで回避した。


 その隙を私は見逃さない!


『”ファイヤーボール”!!』


 ドカンッ!!


「うわっ!!」


 ブラシュが驚く。

 私はその魔物に向けて攻撃魔法を放ったのだ。


「ギャインッ!!」


 魔法は確実に命中!

 これは致命傷なはずだ。


「うおおおお!!」


 そんな私の横で、クェントが一人で二体の魔物を抑えている。

 彼は器用に剣と盾を駆使して、魔物をけん制してくれている。


『”シールドプレッシャー”!!』


 クェントがそう叫ぶと、彼の盾にかけられたエンチャント魔法が弾け、前方に衝撃波が放たれる。

 それを嫌がった二体の魔物は体を翻すと、背後の藪の中へ飛び込んで行った。


『”バーストショット”!!』


 逃げる魔物にパァスがパチンコで魔力を帯びた弾を放つ。


 バスンッ!!


 しかしそれは森の木々に阻まれ、鈍い音と木片を散らした。


「ブラシュ!!」


 私は大声でブラシュの名前を呼び、手招きをする。


「分かった!」


 目の前の二体の魔物にとどめを刺し終えたブラシュは、私達のパーティーの後方、フォルカーさん達が居る場所へと駆け出す。

 魔物が逃げた方向的に、次は彼らが標的になる可能性がある。


「パァスはここで周囲を警戒しておいて」


 クェントがパァスにそう声をかけると、彼も急いでブラシュを追って駆け出す。


「い、いやウチも!」


 そう言って立ち上がった彼女に、私は「お願い」と声をかけて二人に続く。

 彼女には申し訳ないが、これだけ派手に戦闘をしていると周囲の別の魔物が寄ってこないとも限らない。

 一応私も、常に索敵を展開しているが、先ほどの戦闘で二人のサポートに集中した際、索敵魔法を切らしてしまっていた。

 パァスも同様に索敵を切らしており、それどころか彼女は、魔物に襲われて集中力が切れた影響か、先ほどから魔法が上手に発動できていない。

 これらは、冒険者の”常時警戒の原則”に背く行為で、減点対象になりかねない。


「こいつらシャドーウルフか!? 妙に好戦的だな」


 魔物達にはそのまま逃げ去るという選択肢は無いらしく、そして今まさにブラシュに襲い掛からんと茂みから飛び出して来る瞬間だった。


「なめんなこの!!」


 ブラシュは先頭の一体をあえてかわし、後ろの一体に狙いを定め、素早く剣を振り上げる。


『”バーストストライク”!』


 彼はそう叫びながら、魔物目掛け力いっぱい剣を振り下ろした。


 ドバァン!!


 剣が触れた瞬間、衝撃と共に魔物は弾けて血しぶきをまき散らしながら真っ二つになった。


 しかし、魔物はもう一体居る。


 彼がかわした一体目の魔物の先にいるのはアキさん。

 そして、そこに駆け付ける――。


「おらああ!!」


 クェントが魔物の横腹に盾で体当たりを決める。

 無言で吹っ飛ぶ魔物。


「ナイス、クェント!」


 良いコンビネーションだ。


「とどめ!」


 その勢いのまま、クェントは魔物の喉元に剣を突き立てた。


「パァスは周りを警戒、ブラシュはそいつらにトドメを!!」


 身を起こしながらクェントが叫ぶ。


 念のため私も周囲の警戒と、仕留めた魔物の様子を観察する。


 こうして、私たちのカンターテの森での初戦闘は終わった。

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