第10話 一匹の龍
英雄シリウス・ルナ、その実力は折り紙付きでありこのガンマ拠点における最高戦力として名高い存在だ。紡がれた武勇伝は数知れない、例えば人類の土地開拓の進捗を遅らせた存在であるドルラオスを退けたり、少し前に起こったノームジャス大量発生の際にはおよそ120頭にも及ぶノームジャスを狩っている。
と、このように話し出せばきりがないほどの偉業を彼女はほとんど一人で成し遂げてきたのだ。
まぁ簡単に言おう、彼女は人の皮をかぶったモンスターである。
「元気そうでなによりだよ」
「ボス、今日ももしかしてあれの確認に?」
「あぁパーガスが酒の飲みすぎで来れないとのたまってな、仕方なくだ」
はぁとため息を吐くモンスターさん。するとビビりまくる俺とレータの存在に気付いたようで………。
「やぁ君たちはもしかしてザユウのご客人かな?」
「え、あ、はいぃ、そんな感じもしなくもない感じの者たちですぅ」
ぺこぺこと頭を下げてできるだけ不快感を与えないように三下風に喋る。
「彼らは私の恩人に近しい方々です、男の子の方がミスナさん、女の子の方がレータさんと言います」
「ミスナ、あぁもしかして君が噂のミスナ君か」
「噂?俺ってそんなに噂になるようなことしましたっけ?」
「あぁ後輩二人を囮にして逃げた最低ハンターだって噂がね」
まるで俺を煽るようにニヒルな笑いを浮かべるシリウス・ルナ、でもその顔はどうやら俺を侮辱するような感情はないように思えた。
「あれは真っ赤な嘘です!」
そしてその煽りにいの一番に反応したのはレータだった、頬をぷっくりと膨らませ噴火寸前の火山のように顔を赤らめている。だがお相手はあのシリウス・ルナだ、これは流石に止めねばと声を出そうとした瞬間シリウス・ルナが先に声を上げた。
「あぁいや嘘なのは知っているさ、ちょっとからかっただけなんだ」
「………ならいいです」
すっと一歩引いたレータはすぐにさっきの自分の行動を思い返したのか血の気が引いたような顔になっている。
「よく嘘とわかりましたね、あの噂を信じる人が多い中で………」
「いや今この瞬間までその噂を信じていたさ、だが君は今生きて私と相対している、であれば”後輩二人を囮にして逃げたくせに死んだ情けないハンター”という噂は嘘になる」
にやっと堂々と笑うシリウス・ルナ、どうやら彼女は今自分が見ている情報だけを一心に信じるタイプなのだろう。俺の必死の弁明はどうやらお役御免のようだ。
「ありがとうございます、信じてくれて」
「ふっ君を信じたわけじゃない、私は目の前のこの状況だけを信じただけだ」
「………そうですか」
なんかかっこいいなぁこの人、すごく真っ直ぐでついていきたくなるような芯のある声だ。
「ところでザユウ、地下には行けるか?」
「はい、いつでも」
ザユウさんがとんっと足で地面を軽くたたくと重厚な音と共に床がスライドし四角い穴が出現した。え、なにこんな技術があるの!?すごいな、かっけぇぇぇ!
と、できない男ならこれらすべてを声に出すところだが俺はできた男だ、すべてを自分の心の内に留めておくことができるのさ。
「てかこれって俺達に見せてもいいものなんですか?」
「「………」」
ぎくっと肩を跳ねさせたザユウさんとシリウス・ルナ団長は大量の冷や汗を額から流して目を白黒させている。シリウス・ルナ団長の方に至っては焦りすぎてロボットダンスをしている。
「そ、そうだぁ!こうなったら貴様にも共犯者になってもらう」
どうやら彼女は余裕がなくなると呼び名が貴様になってしまうようだ。
「共犯者ぁ?」
「い、一緒に来い!そしてこの下で見た物を他言すれば殺す!」
「え、えぇそんな横暴なぁ」
いきなり廊下に地下に通じそうな階段を出現させたかと思えば急にそんなことを言われてしまった。もうこれは横暴以外の何物でもないだろう。
「いいか、これは団長命令だぁ!」
「………まぁ正直こんな風なギミック付きの階段とかめちゃくちゃ興奮するんでついていきたいっちゃ行きたいんですけどレータが………」
あのレータが到底そんな提案飲むとは………うわぁすごいキラキラとした目。
ちらっとレータに視線を向けると彼女は目をキラキラと輝かせていきなり出現した階段を眺めていた。
「すごい!すごい技術です!私こういうの憧れだったんです!」
「感性は意外にも小学生男子だったんだね?」
「しょ、?なんですか?」
「いやなんでもない」
きゃっきゃっとその場で何度もジャンプしてその小柄な体を揺らす。
まぁレータちゃんがこんな感じだったら俺に断る理由はないな。
「行きましょう団長、俺も罪とやらをかぶります」
「ふっ言ったからには覚悟持てよ?」
「死ぬ覚悟くらいもうできてます、俺だって一端のハンターですから」
団長は余裕を持った笑みで俺を煽るように言うが、元々あなたのミスのせいで起きたことなんだけど。
「じゃあついて来い、案内してやる」
にやついた笑みは一切崩すことなくルナ団長はその暗い階段の一段目を踏んだ。
「ではいってらっしゃいませ、どうかお気をつけて」
「本当に気をつけてくださいねミスナさん」
ザユウさんとミギの二人にそう心配されたが、何、そんなに危険なところなの!?俺が今から行こうとしてるのは。
”死ぬ覚悟くらいできています”と言った数秒前の自分を殴りたくなった。
階段の先は全くといっていいほど見えない。この先に何があるのかなんて想像もできない、それがどうしようもなく俺の足を震わせる。さっきまであった好奇心はどこへやら、今となってはこの階段が地獄に続いているのではと思えてくる。
「怖すぎ」
「何ひよってるんですか?見せてくださいよミスナさんの漢らしいとこ」
生まれたての小鹿のように足を震わせていた俺の背中を押してくれたのはレータだ、柔らかな笑みを浮かべて震えていた俺の足を落ち着かせてくれる。
「あ、あぁそうだな見てろよレータ」
「ふん!」と声だけは立派な、階段の端に腰掛けつま先だけを一段目にちょこっとつける弱虫の行動、もうレータにどう思われようとどうでもいい、怖いものは怖いのだ。俺が今さっきつけた覚悟はレータにどんな痴態を見せてもいいという覚悟だ。
「早く行ってください」
レータちゃんがまるで汚物を見るような冷たい瞳で俺を見下ろしてくるがそんなものはもう屁でもない、俺は怖いのだから。
「はぁ本当に情けない人ですね、手でもつなぎましょうか?」
「あぁ頼む」
「………年下の女の子にリードさせるのはどうかと思いますけどね」
じとっと恨みがましい目を俺に向けてくる。俺はそっとレータの手を取り、レータに先行させながら先を行ってしまったシリウス・ルナ団長の後を追って暗い階段を下りていく。
かつ、かつ、かつ、靴の音だけがこだまする暗い階段を淡く光る松明だけを頼りに進んでいく。階段はらせん状になっているらしい。だが周りは壁ばかりなので味気はない。
というか、怖い。
「なぁなんでこんなに不気味なのさ」
「ちょっ手を強く握らないでください!」
俺はレータの手をぎゅっと強く握り、及び腰になって周りを警戒しながら降りている。それがうっとうしかったのかレータは眉をひそめて大声を上げる。その声は横にある壁同士で反響しあい徐々に静かに溶けていく。
「ここは秘密の基地だ、上手く隠すために道は狭く、そしてなるべく外から気付かれないようにしなくてはならない、ちなみにだが今私達がいる場所はガンマ拠点ではないぞ、その外だ」
歩みを止めぬままシリウス・ルナ団長がそう語り始める。
「え………、外にこんな地下道を作ったって言うんですか?」
「あぁ、驚きだろう?」
「そんなこと可能なんですか?」
「可能なのさ、あるモンスターにかかればな」
「ある、モンスター?それって」
その続きが気になったらしいレータが急かすように口を開いた。
「まぁそれは着いてからのお楽しみだ、それまでは軽い雑談でもしようか」
シリウス・ルナは一度立ち止まり意地悪そうな笑みを浮かべた。そして彼女は話始める。
「”ミューナ”というモンスターを知っているか?」
「?すいません、わかりません」
「謝ることではないよ、知名度自体は低いモンスターだからな、だがとても凶悪だ」
シリウス・ルナ団長のその言葉には矛盾があった。
「凶悪なのに知名度が低いんですか?」
「正確には知名度を低くさせている言った方がいい」
「低くさせている?それは、なぜ?」
普通凶悪なモンスターであればあるほど、その脅威を周囲に周知した方がいいように思えるけど。
「ミューナは様々な生物に擬態できる、これだけ言えばわかるかい?」
「………そうか、人同士で疑いあわないように」
「そう、ミューナはとても知能が高いモンスターだ、人に擬態できることが知られると住民に余計な不安を与えかねない、だから黙っている他ないんだ」
「それじゃ、討伐は難しそうですね」
未知の怪物に少しだけ手が震えた。
「ふっそう怖がらなくていい、最近はミューナの仕業と思われる事件も特に起こっていないからな」
「そうですか、ならよかったです、?」
すると俺の手を握っているレータの握る力がより一層強くなった。見るとレータの体が小刻みに震えている。
俺は握っていない方の手でレータの頭を撫でる。
「別に怖くありません」
「あぁそうかい、じゃあこの手もどけていいのか?」
俺が煽るように笑うとレータは目を細めた。
「………うるさいです、嫌な人ですねミスナさんは」
レータは頬を赤く染めて、さらに手を強く握る。決して撫でている手をどけようとはしなかった。
「ふむ、いいコンビだな」
そんな俺達の姿を見てシリウス・ルナ団長が静かに微笑んでいたことに俺は気づかなかった。
・
階段はまだ続く、それに伴ってシリウス・ルナの語りも終わらない。
「さて、ミューナは知恵あるモンスターだと言ったが他にも人間と同じくらいの知能を持っているモンスターがいる」
「ドルラオスですか?」
人類の領土拡大の野望を見事に打ち砕いて見せた最強のモンスター、ドルラオス、レベルは星滅級、人類が滅亡してしまうかもしれないほどの脅威だ。
大型モンスターにはその驚異度に則って階級がある。
ノームジャスなどの比較的弱いモンスターは第三級
その次に凄腕のハンターでも死んでしまう可能性があるくらい強いモンスターを第二級
ハンターが数十人がかりでしか倒せないモンスターを第一級ここら辺から漫画とかで言うところのドラゴンとかが分類し始める。
そんでもって都市を破壊できるほどの力を持ったモンスターを都市壊滅級
最後にドルラオスなどの最強と言われるモンスターたちが分類される星滅級だ。星滅級モンスターたちは現在になっても未だ5匹しか確認されていない。
「そうだな、確かにあいつもそれほどの知能があるだろうが、この大穴を作ったのは別のモンスターだ」
この穴をたった一匹のモンスターが生成したと?ははっありえない。
思わず乾いた笑みがこぼれてしまうくらいに
「階級は、どれくらいですか?」
「不明だ、そのモンスターはまるで動いていない、よって驚異度の測定もできないのだ」
「………ちょっと待ってください、その物言いってまるでギルドがそのモンスターを狩らずに管理しているような」
「その通りだ、ギルドはそのモンスターに”エリュシオン”と名付け管理している」
するとようやく階段の端が見えてきた。奥の方に強烈な明かりが漏れている。その先に何かがいる、そんな悪寒が俺を襲う。
「くれぐれも企業秘密で頼むよ」
そこに広がっていたのは巨大な地下空間、あらゆるところに電球がぶら下がっており、人が手をつけていることは明白だ。
そして中央にいる1匹の生物を囲うようにおよそ数十メートルにも及ぶ高さにまで足場が組まれている。
その地下空間にいる人の影はそう多くはない。ギルド内でも一部の人しかしらないせいだろう。
あぁだがそんなことよりも俺の目を離さないのはその一匹のモンスター、ただの瞳のはずなのになぜか吸い込まれそうになるほど力強い目、すべてが毛流れに逆らって立っている鱗、体を包み込むように畳まれた巨大な翼、そしてなによりも驚きなのがその巨大な体躯、優に50メートルは超えている。
「これが、ギルドの秘密」
俺はこんな状況で発すべき正しい言葉がわからずただ茫然とそれを眺めるしかなかった。
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