第7話

は天災であった。


なんの前触れもなく、それは上空にいたのだ。

「なんだ、あれは」

駐屯のハンターですら手が届かない場所にいたそれは巨大な翼をはためかせそこに漂っている。

”逃げろ”

直感的にそう感じた私は他の人がそれを見上げている中必死で町を駆け抜けた。

「かぁさん!とうさん!!逃げよう!」

家にはもちろん寄った、けど二人はまるで聞く耳をもたずのんきに「まぁハンターがなんとかしてくれる」と高をくくり、椅子に体重を預けていた。


わかっている、あんな超常空から何ができるというのか、そんなものは警戒するほどでもないことはわかっていた。けど、けどどうしてもその鳴りやまない警戒音がけたたましくまとわりついた。


だから私は両親の反対を押し切って拠点を抜け出した。


………そのおかげで私だけは生き残ることができた。


私が拠点を出た瞬間に誰も逃げられぬ炎が拠点を呑み込んだのだ。


現わすこともできない絶望が私を覆った。


私は燃え行く拠点をただ眺めることしかできなかった。


人が叫ぶ声や肉体が燃えることによる臭いが鼻をつんざいた。


たった5分で私が育った故郷は灰しか残らない廃墟と化した。


もう、立つ力もなかった。


「かあさん?とおさん?」

私はすがるように家に戻り、自らの家に被さった黒焦げの木材を必死に避けていく。そこに二人がいることを信じて………。


そしてやけに重い木材があった。それは木材というよりは何かの建築物のように見えたけどそれを判断する余裕はこのときの私にはなかった。


そしてそれをもちあげようと腰に力を入れた。すると木材のようなものが崩れぽろっと力なく私の足元に転がりこむ。


それは黒焦げになった人の手だった。


吐き気がした。嗚咽が止まらない。あんなものが自らの両親だと信じてたまるものか。私は、私は知っているのだ。きっともう少しでうめき声をあげる両親の声が聞こえてくると、私は知っている。


だから………

「声をだしてよ」

黒ずみとなった人であったはずの固形物を私は必死に抱きしめた。


「お願い………」

いるはずもない神に向かって都合のいい願いを祈った。


けど世界は実に残酷で、そんな私の境遇はごくありふれたものであると、その後生き残ったハンターに告げられた。


私は炎をまぬがれた兵士さんや他の一般の人達の静止を振り切って老龍エリクファと名付けられたその龍を追ってリスナ密林に入った。私は一刻も早くあの龍を殺せる人手が欲しかったの。だからベータ拠点から一番近いガンマ拠点に向かって歩いた。


その後はひどい日々だったよ、川の水を飲んで腹を下したり、長時間の徒歩による疲労熱、食べ物がないことによる栄養失調、それらすべてをなんとか乗り切って私はここにたどり着いた。


「………たどり着いたのに、なぁぁぁんで誰も私の話を聞こうとしないんだぁ!」

「わぁ、すごい癇癪」

今俺はこの可哀そうな小娘を宿に連れ込み今までの事情を聞き出していた。


「どーどー」

「私は何回も説明したはずだぞ!なのになぜ!?」

「いや、ただの小娘の戯言で流されたんじゃない?」

「嘘な訳がないだろう!だってだって実際におかあさんとおとうさんは死んでっ」

綺麗な紫色の瞳に涙を浮かべ彼女はひざを折ってしまった。


………これは完全に俺が悪いな。


「いや悪かった、もう戯言なんて言わないさ」

「あぁ、そうしてくれ」

「けど大人ってのは基本的に疑り深い生き物だ、お前がたとえ少女でも多分信じてもらえるまで時間がかかるかもしれないぞ」

「そんなっ!早く、早く殺してやりたいのに」

瞳にはもう生気と呼べるものは宿っていなかった。太陽の光は反射されず光沢がない瞳は焦点が合っていない。


「けどお前の話はしばらくすれば信じてもらえると思うぞ」

「ほんとかっ!?」

「う、うん」

彼女は俺の肩を強く握り顔を近づけてくる。


「後5日後定期報告のためにベータ拠点に向かって使者を出す、そしてその使者が帰ってくるのが確かそこからさらに4日後とか言ってた」

「そんなにかかるのか………私の話は本当なのにっ!」

彼女は唇を噛み、かすれ声になりながらも俺に訴えかける。


「はぁ落ち着け、俺はお前の話を信じてる、一切嘘だと思っていない、なんならお前の話を嘘と一蹴した大人たちに若干むかついてる、けど落ち着け」

「………信じてくれるの?」

「こうも必死に言われたら信じるしかないだろ」

俺にはこんな泣きそうな少女の手を振り払う度胸はない。


「………わかった落ち着く」

少女を近くにある椅子に座らせる。

「じゃあとりあえず君の名前を聞いていいか?」

「セリア、私の名前はセリア、あんたの名前は?」

「俺はミスナ、ただの一般ハンターだ」

「そう」

「「………」」

………まずい、沈黙がつらい。俺の目は今超高速で反復横跳びをしていることだろう。


「あ、っすー、セリアは何が好きなのかな?」

「………かあさんの作るホットケーキが好きだった、あれを食べるだけで、食べているだけで幸せだったのにっ!」

「………………ごめん」

すぅー、胃が痛い。こういうとき俺はなんて声をかけたらいいのだろうか。


泣いてる少女をなぐさめる方法なんて知らねーよ!!


「あーなんだ、溜まってるもんがあるんだろ?今日はめいいっぱい吐いたらどうだ?」

「………別に、そんなのない」

「あーそうすか」

俺の気遣いは思春期の少女には効果が薄いようだった。


………さっきまであんなに泣きながら話していたのに、今となっちゃ俺が差し出した

お菓子を食べるのに必死だ。


「なぁ、もう少しお前のことを………」

「………」

彼女はとめどなくお菓子を口に流しこんでいく。だけどその目には水が浮かんでいた。頬を赤く染め、無言でお菓子をほおばっている。


「俺ギルド行ってくる、ここ頼むぞ」

「うん………、ありがと」

「なんのことだかわからないね」



「ジュリさん、そういやさっき何か言おうとしてましたよね?」

「ちょっミスナさん急にあの赤毛の子を連れ出したと思ったらどこ行ってたんですか」

受付に行ったらジュリさんがぷりぷりと頬を膨らませてやって来た。

「あー自分の宿です」

「えー少女誘拐でとっ捕まえますよ?」

「あいつはそんな幼くないし、双方同意の上です!人聞きの悪いこと言わないでください!」

急に不穏なことを言い出すものだから周りの人達がざわついちゃったじゃない!


「ははっ冗談です、まぁあの赤毛の少女が言っていたことが本当かどうかは精査が必要ですけどね、老龍エリクファとは一体何者なのか、実際に存在するものなのか、きちんとこちらで調査します」

「ならいいっすけど」

「それで、ノームジャス討伐の件に関してまだ伝えたいことがありまして」

「はぁ、なんですか?」

「その、今回はこちらが用意したチームメンバーが迷惑をかけてしまったので武器防具制作を補償いたします」

「いやいや補償とかいりませんから」

「………こちらとしても補償をさせてほしいのです、その理由が、ん-大変言いにくいことなんですが………」

ジュリさんは周囲を確認した後俺に耳打ちをしてきた。


どうやら逃げ帰ったナカが俺を下げて自分の株が上がるような話をガンマ拠点に広げたらしい。


その話というのが………

「あのミスナって男、ノームジャスを見つけるや否や俺らに突撃させたんだ、もちろん俺は否定したぜ!けどあいつはぶん殴ってでも俺らを従えたんだ!そのせいでっ!そのせいでヒダリのやつは死んじまっちった!だけど俺とミギの二人は命からがらそこから逃げ出した、俺らっていう盾がいなくなったあのミスナって男は今頃ノームジャスの餌になってるだろうぜ」


口がうまかったのかナカの話を信じるものは多く、たった3日俺がいなかったというだけでギルド内部には俺のことを最低な人間と思っている人も少なからずいるらしい。


「ナカが帰って来たときはわからなかったので手は出しませんでしたがレータ帰還係からもらった報告書と、討伐してきたノームジャスを見る限り彼の言っていることの信憑性が低いことはわかりました、罰則を下すので少々お待ちください」

「ほう、じゃあ報酬はもらいます」

するとジュリさんは俺から顔を離し改まって言う。

「ではノームジャスの素材はこちらに一任するということでよろしいですか?」

「はい、問題ないです」

「かしこまりました、今回の件について重ねてお詫びいたします」

「もういいですって」

「寛大な心意気に感謝します、装備の方は今日の夕方5時以降にまたここに来てくだされば用意できていると思います」

「了解です」

そうして話は終わる。


まさか装備を無料で作ってくれるとはな、出費が抑えられてラッキーだぜ。


この世界では依頼によってモンスターを倒したときその死体を持って帰ればそのモンスターの素材を無償で手に入れることができる。

素材は武器や防具を作るのにも使えるが、普通に商人に売ることもできる。


だがこの装備を作るってのがなかなか高くてな。並みのハンターの俺にとっちゃこれはおいしすぎる話だってことだ。ナカに感謝したいくらいだぜ。


「あんれぇぇぇ?弱腰クソ野郎のミスナがなんで生きてんだぁ?」

「あら、あなたはノームジャスの餌になったと思ったのだけど」

「なんだお前らか」

と、まぁナカに感謝しようとしたときにナカの噂を聞きつけたのであろう柄の悪い連中が俺に突っかかって来た。その瞬間ナカへの感謝は消え去った。


正直俺はギルド内で好かれてるとは言えない。


俺は一人で飲むのが好きだからたまに飲みに誘われているときもなんとか理由をつけて断っていた。


そのせいもあって今回のナカの噂の広がるスピードも速かったのだろう。いい機会だとでも思ったこいつらは絡んできたんだろうな。


確かクスリでもやっているように目がガンぎまってる男がイルス、そのイルスの後ろで高飛車な態度をとっているのがリナだっけか?


こいつらはたまにギルドの談話室で見たことがある。昼間っから酒を飲んでバカ騒ぎをしているような超陽キャどもだ。


「なんの用だよ」

「いやまぁ、卑怯で醜いお前のためにちょっと教育してあげようと思ってなぁ?」

ナイフを片手に持った目がガンぎまったイルスが俺の顔までおよそ数センチというところまで近づいて威圧してくる。

「お前新人を肉壁にしたらしいなぁ?俺はそういう卑怯な奴がよぉ、いっちばん許せないんだわぁ」

………こいつ、いつも新人のことを賭けに誘ってイカサマしてるくせに何言ってんだよ。


「まず訂正するがその噂は嘘だからな」

「あぁん?お前からそれ聞いたって信用ねぇだろうがよぉ!」

「ちょっと、ここで喧嘩はやめてください!」

イルスが丁度大声を上げたところでジュリさんが間に入って止めてくれた。


「………なんだよジュリさん、俺らはじゃれてただけだぜ?なぁ」

「あぁそうだな」

「………ミスナさん」

ジュリさんはまるでいじめられっ子を見るような哀れむ視線を俺の方に向けてくる。


大丈夫だぜ、ジュリさん俺はノームジャスを倒した男だ。そう簡単に負けるはずがないさ。


「はっ!くそ雑魚ミスナさんよぉ、俺と賭けしようぜ俺が勝ったらお前の今持ってるもん全部もらう、その代わり俺が負けたらお前の言う事なんでも聞いてやる」

「ふっ言ったな?男に二言はないぜ?」

「まぁこの俺が負けるはずないけどな」

「そうよ、イルスがあんたみたいな腰抜けに負けるはずがないわ!」

「そう言ってるのも今の内だぜ?この俺はノームジャスを一人で討伐した男だ、お前みたいなモブには絶対に負けんさ」


と、思ってギルドを出た後にイルスがふっかけてきた喧嘩に乗ることにした。


………結果は


「しゅいましぇん」

ぼこぼこにされました。

「はっ!これで身に染みただろ」

イルスが俺の後頭部に向かってつばを吐きかけてきた。そして遠ざかっていく足音を聞きながらも俺は地面に頭をこすり続けている。


俺の大事だったジャス装備はイルスに盗られ、今持っているお金もすべて取られてしまった。ノームジャス討伐のお金を家のタンスにいれてきたおかげで助かったぜ。


今俺はパンツ一丁の状態で街中で土下座させられてるわけだけど、不思議なことにまったく羞恥心がない。


こんなにも俺にはプライドがなかったのかと自分で驚いてしまう。


「………ミ、ミスナさん、なに、やってるんですか?」

「ん?あぁレータか、何喧嘩で負けただけだ、なんてことはないさ」

聞き覚えのある声がしたと後ろを振り返るとそこには引きつった顔のレータが立っていた。







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