第6話 偉業?

「はぁ、はぁ、はぁ」

ピクリとも動かなくなったノームジャスを確認してから俺は尻もちをつく。


「はぁ、はぁ………くっはぁ!」

ゆっくりと震える手を抑えて大切に回復瓶を体に流しこんでいく。


「はぁ、はぁはぁ」

だが胸につけられた傷はよほど深かったのか一本の回復瓶ではよくはならず未だにどくどくと血を流し続けている。

「まだっ、生きる」

そしてもう一本、追加で飲む。

血は止まった。けど体内をめぐる血の量が大幅に減ったせいか欠乏感がものすごい、この状態で無理をしようものなら俺はすぐに卒倒するだろう。


回復瓶は血の補完までやってくれるわけじゃないからな、あとはレータが俺のことをガンマ拠点に運ぶまでに死なないことを祈るまでだな。


「………ミスナさんお疲れ様でした、今より帰還作業をおこないますので少々おまちください」

レータが仰向けになっている俺の顔を見下ろして少し顔を引きつらせていた。はっどんな表情だよそれ。

そういうレータは俺の腹の周りに包帯のようなものを巻き始めた。これ以上の失血をさせないためだろうな。


「後念のためにもう一本回復瓶を飲んでください」

レータは俺の手元に自分のカバンから出した回復瓶を置いてくれた。

「あぁ、了解、だっ」

「自分で飲めますか?」

「はっ死ぬほど痛いがそれくらいはできるさ」

「了解しました、では私は大型モンスターノームジャスの運搬作業にとりかからせていただきます」

ぺこっとかわいいお辞儀をしたレータをしり目にさらに追加の一本を喉に流しこむ。

体に回復瓶がしみこんでいくのがわかる。


もう完全に内臓と皮膚は治っているだろうな。


慣れた手つきで板にノームジャスの死体を括り付けているレータを見てつい口が滑ってしまった。

「なぁレータさん、俺はかっこよかったか」


心のうちにひめていた英雄願望はくだらない虚栄心だとも知らずにこのときの俺はそう聞いた。


「………そういうのは後にしてください」

レータが一度手を止めたかと思えばすぐに何もなかったかのように動き出してきぱきと作業は進んでいった。


「ははっ手厳しいねぇ」

俺はそんな冷たい対応されたが、その実晴れやかな気持ちだった。それは自分はまだ生きれるということを実感した安堵もあるせいだろう。


だがなによりも初めての大型モンスターの討伐というのがこの晴れ晴れとした気持ちをさらに助長してくれたように思う。


「あぁ、いい天気だ」

なぜか今日の空はいつもよりも綺麗な青だった。



レータの完璧な後処理のおかげで俺はとくに危ない事態に陥ることなくガンマ拠点までたどり着き、焦ったレータによって俺はすぐさま救急塔にまで連れて来られることになった。


そして診断では………

「うーん、よくある血液が足りなくなってるだけだね、輸血すりゃあすぐ元気になるさ」

という、なんともハンターによくある症状であったことが告げられた。


回復瓶という内臓も皮膚も骨までも治してしまう最強アイテムがあるこの世界ではこの血液欠乏がハンターの症状として一番多かったのだ。


そんなごく一般的な症状であったことに胸をなでおろす。


「まぁ、一日でも入院すりゃあ治るさ」

煙草をふかした厚化粧の女医さんがパイプ椅子で足を組みながらそう伝えてくれた。


女医さんはたばこから落ちる灰を近くにある灰皿に落とす。


慣れた手つきでそれをした後彼女は金色の長い髪を耳にかけ、赤い唇を揺らす。

「ふぅ、たばこはやめた方がいいよ」

そしてたばこを吸っている人全員が言うんじゃないかという言葉を発したのだった。



症状もごく一般的なものですぐ治る。結果的にはなんの後遺症も残らず問題はなかったはずなのだが本当の問題はこれからだった。

「よがっだ、ほんどうによがっだ!でずっ」

病室で寝たきりになっている俺のもとにやってきたレータは腹の上に頭を乗せておよそ10分ほどぎゃんぎゃん泣いていた。


「じぬかと思った!ほんとにっよがった、生きてがえってこれだ!!」

唾液交じりの聞き取りづらい喘ぎ声を何度も吐き、嗚咽する。


………帰還の処理をしているときはすごく冷静な子だと思っていた、けど違うんだ、彼女は我慢していただけだったんだ。


なんとか表情に出さないように必死に抑え込んで作業をしていたのだ。


申し訳ないな、こんな年端もいかないような彼女に気を張らせてしまった。


「ごめん、無理をさせた」

「ミスナさんはわるぐない!悪いのは全部あいつらなんだっ!あの三人がっ!ミスナさんの言うことも聞かずにっ!」

そう言ってレータはさらに泣きじゃくってしまった。


………戦闘が終わった後に効いた話なのだがやっぱりミギとナカの二人は俺が突撃したのを見計らってすぐに撤退をしたそうだ。


「許ぜないっ!あいつらっ!あいつらっ!」


そんな絶望的な状況の中でもどうやら彼女は義務感を優先して残り続けてくれていたらしい。


「ちょっ落ち着いてくれ」

「ぐずっ、でも、でもあいつらが許せなくてぇ」

糸が切れたレータは前までのクールの印象は完璧に崩れ去って、年相応の女の子らしい姿を見せた。


「いや、まぁ正直あいつらのことはぶん殴らないと気が済まないくらいには腹が立ってるけどさ、でもそれ以上に達成感がすごいんだ」

「………でもあいつらがいればもっと簡単に」

「あいつらのことなんてもう忘れろ、いや忘れてくれ、君にはいつも通りクールでいてほしい」

「………わかりました、でも報告書にはあいつらのやってきたことをより一層悪くして罵詈雑言を書いてやります」

「それ全然忘れてないよね」


そして頬を思いっきり膨らませたレータは肩を揺らしながら病室から出ていった。



「ノームジャスの討伐おめでとうございます!!これはすごいことですよミスナさん!ほぼ一人での討伐は偉業ですよ!………そ、そしてこちら報酬金の100000ネルになります!」

クエストの報告に来た俺はいつもの10倍くらい焦っているジュリさんが対応してくれた。

まぁだろうねギルド側が用意したチームのメンバー全員がまともに俺の指示を聞かないようなやつらならば焦るのも無理はないだろう。


人が人なら怒鳴ってもおかしくない状況だ。でも、俺は別に気にしない。

「そんな焦んなくてもいいですよ、俺別にあいつらのこと恨んじゃいないですしそれにギルドのこともどうとも思っていないです」

「えっと、そのでは補償などは………」

「いらないです、あーあと次からのギルド命令でチーム用意してくれなくていいですよ」

「え?それはどういう………」

「俺が自分で集めます」

「ってことはこれからも大型モンスターの討伐をしてくれるってことでしょうか?」

呆けたジュリさんは口をぽかんと開けている。


「はい、なんぼでも倒してやります」

「………これは、職業病ですね」

ジュリさんは苦笑いする。何が可笑しいのだろうか。


「ハマってしまったんですね狩りに」


「え?」

「気づいていないかもしれないですがミスナさん今ものすごい笑顔ですよ」

「え、まじか全然気づかなかったっす」

「別に構いませんよ、ハンターはそうなる人が多いですから」


そう言って彼女は苦笑いではない本当の笑みを見せた。


「では改めて!!大型モンスターノームジャス討伐おめでとうございます!!!」

ジュリさんの高らかな賞賛はギルド支部内に響いた。

「たのもぉぉぉぉぉぉぉ!!」

そんなとき支部の扉がけたたましく開かれた。


そこに立っていたのは赤毛の少女、ぼろぼろになった布切れを大事に抱えている彼女は威風堂々としていた。

「ガンマ拠点ギルドの皆様方に都市壊滅級モンスター老龍エリクファスの討伐をお願いしたい!!」


「え、何あの子急に入ってきて………ってミスナさん?」

「老龍エリクファ………」

「はぁまた笑ってるよ、もう直しようはありませんね」

俺は隣にいるジュリさんの声が聞こえないほどにその赤毛の少女にくぎ付けだった。


そして世界は動き出す。





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