04 夜ごはん

 高級感のあるレストラン。

 須々木とこまちは向かい合って座っている。

 机の上にはナイフとフォークで食べるタイプの料理が並んでいる。

 須々木はスーツ姿、こまちはフォーマルな洋服。


須々木 こまちさんから誘っていただけるとは思いませんでした。

こまち この前のお返事を、させてください。

須々木 …はい。

こまち ごめんなさい、須々木さん。私、あの家を出るつもりはありません。

須々木 理由を…お伺いしても?

こまち あの家が好きなんです。お誘いはありがたいのですが、須々木さんには、もっといい人がいますよ。

須々木 …釜神様がいるから、ですか?

こまち え?

須々木 アレは、守り神ではありますが、人とは根本的に違うモノです。こまちさん、あなたは魅入られているのかもしれません。

こまち 何を、言っているんですか?

須々木 だとしたら一刻も早く離れるべきです。あの家から。大丈夫です、釜神は家に憑くので、家から出てしまえばあなたに手出しはできない。

こまち 須々木さん…。

須々木 あなたを守りたいんです、こまちさん。お願いです、少しの間だけでも。

こまち ごめんなさい。


 こまち、席を立つ。

 須々木、こまちの手をつかむ。


須々木 待ってください。

こまち …。

須々木 話を、させてください。

こまち …。

須々木 こまちさん。


 こまち、席に戻る。


須々木 僕が、民俗学の研究をしているのは、ご存じですよね。釜神は、この周辺地域のみに見られる土着信仰です。台所、火の元の近くに、煤で黒くした木彫りの面を飾る。怒ったように見えるその面が、家を火事から守ってくれる。

こまち …はい。

須々木 家と、人と、強い結びつきを持つ神様です。そこに愛着だったり、親しみを感じたりするのは、当然です。おかしいことでは、全然。ただ、いくら近くにいても、それは、人ではないんです。人とは、相容れないものなんです。

こまち …。

須々木 祖母の家にも、釜神が祀られています。生まれる前から、当たり前にあったものを疑うのは、難しいと思います。あの家にも、愛着があるでしょうし、今すぐにとは言いません。ただ、知っててほしいんです。優しいだけの神様なんていない。

こまち …。


 こまちはグラスを手に取り、一口飲む。


こまち 人間だって同じですよ。

須々木 …え?

こまち 優しいだけの人なんて、いません。そうでしょう?

須々木 こまちさん…。

こまち 須々木さんが、本心から言ってくださっていることはわかっています。お気遣い、ありがとうございます。でも、大丈夫ですよ、私。わかってますから。

須々木 それは、何を…?

こまち 人間と、それ以外のものの違いは、よく、わかってます。

須々木 興味があったんですか?

こまち 私の中では、当たり前のように、そこにあるものです。須々木さんのように、詳しく知っているわけではないですけど。

須々木 ご存じなら、危険性も、ご理解いただけますよね?

こまち はい。その上で、私はあの家に住み続けることを、選んだんです。

須々木 どうしてですか?

こまち 毎日、美味しいご飯を食べるために。

須々木 …?

こまち 須々木さん、自炊はされますか?

須々木 え?はい、多少は。

こまち 私は、ずっと料理が嫌いだったんです。信じられないかもしれませんけど。

須々木 意外です。いつも、お邪魔するときは、美味しそうな匂いがするので。

こまち 最初は火を使うのも怖くて、包丁を持つのもおっかなびっくりでした。食べられるなら、何でもいいやと思って、今思うとかなり、不健康な生活でしたね。

須々木 でも、今は毎日、お弁当も作ってますよね?

こまち お供え物にカロリーメイトは、って考える頭はあったんです。そこから、少しずつですけど、作れるようになりました。

須々木 釜神への、お供えですか。

こまち それだけじゃないですよ。お仏壇とか、神棚とか。毎日やる必要はないんでしょうけど。炊きたてのご飯が目の前にあるのに、毎日ふりかけで食べてたらもったいないじゃないですか。焼き鮭があったらな、とか、豚の角煮と食べたいな、とか。手間はかかりますけど、やっぱりあったかいご飯って美味しいんです。そう、思い出せたのは、あの家のお陰です。

須々木 …僕じゃ、ダメですか。

こまち ご飯のお誘いでしたら、いつでも。また、うちにいらしてください。晩御飯、ご馳走しますから。

須々木 …こまちさんの手料理が、毎日食べられたら幸せでしょうね。

こまち 私より上手な人は、たくさんいますよ。でも、ありがとうございます。

須々木 いえ…。

こまち そろそろ出ましょうか。明日もお仕事ですよね?

須々木 そう、ですね。行きましょうか。


 こまちと須々木は席を立つ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

釜神様を落としたい! チヌ @sassa0726

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ